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2012年5月

明科・御宝田遊水池のヨシ原でオオヨシキリがさえずっています

この時季、ヨシ原へ足を運ぶとギョギョシ・ケチケチと大きなさえずりが聞こえてきます。春から初夏に、繁殖のため飛来する夏鳥のオオヨシキリです。

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安曇野市の東側を南から北に向かって犀川が流れ、途中で幾つもの川と合流し大きな流れを形成し、千曲川、信濃川と名前を変え、やがて日本海へと注いでいきます。

明科中川手に犀川が洪水で氾濫するのを防ぐため、河川の水を拡散させ氾濫原となる遊水池がにあります。御宝田遊水池といいます。

広大な河川敷には雑木が生い茂り、ヨシ原もあります。多くの動植物が生息し、さまざまな野鳥たちが営巣し、バードウォッチングができます。

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オオヨシキリはスズメより少し大きく、ギョギョシ・ケチケチとにぎやかな鳴き声か ら漢字で「行行子」と書きます。

ヨシ原に生息し、ヨシを切り裂いて中にいる獲物を捕食するからことからヨシキリの名前が付いたといいます。

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繁殖期には縄張りを形成し、しばしば1羽のオスに対し複数羽のメスによるハーレムを形成し、5~6月に1回に5個前後の卵を産むそうです。

 


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信州の鏝絵に見る左官職人の技-1   モルタル壁に描かれた洋風鏝絵(2)

前回、「モルタル壁に描かれた洋風鏝絵」について書きましたが、その続きです。

今回から、安曇野だけでなく信州各地で見ることができる鏝絵を紹介することにして、タイトルも「信州の鏝絵に見る左官職人の技」に変えました。

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鎖国を国是として海外の文化や情報が入って来なかった日本に、開国に踏み込んだ幕末、そして明治以降あふれんばかりの西欧新文化が到来しました。

建築様式の分野でも、それは同様でした。首都東京や主要都市に伝来したものは、やがて地方都市にも伝わりました。それらの建物はおしなべて「洋館」と呼称されました。

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洋式、洋風建造物の壁を飾るのに大きく寄与したのが、在来の左官職人の技でした。鏝を使って建て物にあわせて描いた装飾デザイン(鏝絵)を、今も見ることができます。

コメント、解説をできるだけ省きデータを中心にご紹介します。昔の左官職人さんのデザイン力、表現力、技術力をお楽しみください。

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大正15(1926)年に竣工した旧松岡医院。現在は一部改修してかわかみ建設設計室に。(松本市大手5丁目)

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明治29(1896)年創業の松本ホテル花月は、松本周辺のホテルの草分け的存在で、レトロ感漂うホテルです。(松本市大手4丁目)

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かつてテレビCMで「明治のハイカラ、大正ロマン」がただようホテルというキャッチフレーズを使っていたそうです。

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その玄関上の妻に…そのそそ松)本市 

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昭和元(1926)年に建設された松本下町会館(松本市大手4丁目)。

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この地域は上土(あげつち)といって、大正期には市役所や映画館などが建てられ松本で一番ハイカラな街区でした。

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その一角に大正ロマンの香りを今に残すシンボリックな建物。

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昭和初期に旧青柳化粧品店として建てられ、廃業後、市が買い取っています。

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老朽化に伴いファサード部分を改修、移築復元して保存しています。

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壁面は赤いスクラッチタイルと洋風鏝絵、実にマッチングしています。

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その一軒置いた隣りにある大正13(1924)年着工の白鳥写真館。(松本市大手4丁目)

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シンプル イズ ベストを如実に表現して光っていませんか。

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保湿効果が高く、日焼け予防としても使えるシアバター

保湿効果が非常に高いことから石鹸やクリームなどの化粧品などにも使われているシアバター。最近はハンドメイドクリームの基材としての需要が伸びているオーガニックシアバターについてご案内いたします。

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シアバターは、シアーバターノキの種子から取った植物性の脂肪オイルです。

常温では固形、肌に塗ると体温で溶け浸透する性質があります。そのため植物性油脂であっても「オイル」ではなく「バター」と呼ばれています。

シアバターの効能・効果で特筆すべきは、その保湿効果です。非常に高い保湿性がありますので、乾燥肌や敏感肌の人には特におすすめです。

薬用として用いられるほか、シアバターは石鹸やクリームなどにも配合されています。含まれている天然成分のほとんどはステアリン酸とオレイン酸です。 

日焼け止めとしても効果が高いことをご存知ですか? シアバターには、紫外線吸収剤としてのケイ皮酸エステルという成分が含まれています。天然のシアバターなら敏感肌の人、妊婦さんや乳幼児にも安心して日焼け予防として使 えます。

                   シアバター             25g(写真右)   1575円(税込み)

                            30g(写真左)    840円(税込み)

* 〔 シアバター 〕は、ハーブスクエアで通常販売しているほか、通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

 

 



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信州の瓦鍾馗を探して-16   ようやく探し当てた鍾馗さん

昨年の残暑の厳しい日、長野市若穂川田に瓦鍾馗があるという情報を聞いていましたので、探訪パートナーnaoさんと出かけました。

川田といえば、かつて越街道の川田宿があったところ。宿場跡周辺を探せば巡り合えるだろうと早合点したのが運の尽きでした。同じところを行ったり来たりして、旧宿場を隅々まで探したのですが見当たりません。

家を取り壊した時に命運をともにして、すでに無くなってしまったのかとも思ったのですが、あきらめきれず周辺をウロウロしていた時、地元の方から声を掛けられました。「どこかお探しですか?」

さっそく手にしていたコピーをみせたのですが、川田宿で鍾馗の瓦は目にしたことがないとのこと。そこで食い下がって古くからの集落について聞くと、2カ所教えていただきました。期待半分で1カ所に向かいました。

車を空き地に置いて、周辺を歩いてまもなく…、ありました!! 探し求めていたものとようやく巡り合った感動が、喜びとともに込みあげてきました。

探し始めてから相当な時間と汗が流れていました。  

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大棟の両軒に対で載っています。強い日射しのなか、逆光で撮影も難しかったのですがなんとか写し撮りました。

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なかなかの出来栄えの鍾馗さんです。凛々しい面立ちと風格を漂わせています。厄鬼もこう構えた鍾馗さんのポーズを見ると、早々に立ち去るのではないかと思ってしまいます。

これを制作した鬼板師は相当の腕をもつ職人だったのではと思うと、炎天下、探し当てた喜びがじわっと湧いてきました。

ここの集落では他にも珍しい人物瓦を見ました。後日、改めてご紹介いたします。

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いま咲いているガーデンの花々-1

ハーブスクエアでは、現在オープンガーデンで無料公開しています。いま見どきのガーデンに咲いている花をお知らせいたします。

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写真はいずれも昨日の模様です。どうぞ、お立ち寄りいただきご覧ください。

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ジャーマンカモミール

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ロックソープワート

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キャットミント(白花)

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キャットミント(ピンク花、これからピンク色が増してきます)

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新葉の先が白や淡いピンクを見せるゴシキヤナギ。

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ホウノキを改良した通称コウスイボク。甘い芳香を漂わせています。

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ゲラニウム。和名フウロソウの仲間です。

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ハンカチノキ、そろそろ花期も終わりに近づいています。

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コーンフラワー(ヤグルマソウ)

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宿根のヤグルマソウ

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赤花ストロベリー(園芸名ピンクパンダ)

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白花オダマキ      

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ゴールデンチェーン(ゴールデンチェーン、和名キングサリ)

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リクニス            

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クリムソンクローバー

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サルビアプラテンス

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オリス(和名ニオイアヤメ)

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レッドバレリアン

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ブラダーキャンピヨン

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イベリス

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ベロニカ

今後、折に触れ花開いているガーデンの草花をアップいたします。

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山犬のお返し~明科・中村

むかし、天狗山にはたくさんの山犬が棲んでいました。頂上の近くには、大きな松の木が何本もあり、太い根があちこちに張り出していました。

山犬は、この根を利用して穴を掘り、棲みかにしていたといいます。そのうち、仲間が増えだし松林や雑木林の中まで棲みつき、天気のよい日は遊びまわって遠吠えする声が里のほうまで聞こえてきて不気味だったそうです。   

ですから、中村から隣村へ通じる道は、山犬の棲みかの上を通っているところもありました。その上を歩いたときは「どんどん」と響くような音がしますが、山犬は人間を襲うようなことは決してありませんでした。

     Cimg5414                         (山犬が棲んでいたという天狗山方面)

ある時、吉兵衛が隣の村へ用事があって、この道を通りかかりました。すると、山犬がお産をしている最中に出くわせました。「こりゃ、えれえとこに出っくわしたな」と山犬を見ると、大きな口を開け目をむいてにらんでいます。

吉兵衛はこわくなって「丈夫な子をたんと産めよ。お七夜にはお祝いしてやるでな」といって、その場を通り抜けました。   

家に帰ってから、かみさんにそのことを話すと「そりゃ約束を果たさなけりゃ、この後はあそこを通れえんね(通れなくなるよ)。犬は魔物というだで」と、真剣な顔をしていいます。

吉兵衛も、つい口から出たこととはいえ、約束事は果たさなくちゃなんねえという気持ちになりました。それから七日目の夕方、かみさんに赤飯を重箱に詰めてもらい、天狗山まで出かけました。

           115(吉兵衛が、山犬にお産のお祝いに赤飯を詰めていった重箱は、こんな形だったかも…。=豊科郷土博物館蔵)

山犬の棲みかは、子犬のにぎやかな声がしていました。そばまで行くのは怖いので、穴の要り口に重箱を置き「さあ、約束のお祝いを持ってきたで」といって、あわてて逃げ帰りました。

そして、その翌朝のことです。「おまえさん、おまえさん。ちょっくら、ここへ来てみましょや」と、かみさんが呼びます。戸口へ行ってみると、昨日の重箱があり、中に小鳥が二羽入っていました。   

「おまえさん、どういうことだいね」「こりゃ、おどけたなあ(驚いたなあ)。犬がこんなお返しをしてくれるなんて」。せっかくのお返しなので小鳥の羽をむしり、料理して食べました。「うめえ小鳥だがどうやって捕っただいね」と、二人はそんなことを話し合い、久しぶりのごちそうに満足しました。

                            008               (山犬も含めた犬属の供養塔が明科・中川手の龍門寺に建っています) 

それからひと月ほどして、かみさんがまた呼びます。「おまえさん、こんだ(今度は)犬の子だわや」といいます。吉兵衛が戸口へ行ってみると、かわいい子犬が「クン、クン」といって、足元にじゃれついてきました。

「おう、あの山犬の子だで、こりゃ飼ってやらねばなるめえ」。かみさんは「おらの食うものも、ろくにねえっていうだに、こんな山犬の子を飼うだかい」といいます。「バカいうでねえ。飼わなけりゃ、天狗山の道をどうやって通るだ」というと「そういうこともあるねえ」と、かみさんも納得しました。   

その後、吉兵衛の家では、畑の作物もよくでき、商売もうまくいったといいます。   

                                                                           

      * 「あづみ野 明科の民話」(あづみ野児童文学会編)を参考にしました。   

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メディカルハーブ-22   メドースイート

エリザベス朝時代にガーデンの生垣用として人気の高かったハーブですが、当時から解熱や鎮痛にも利用されていました。

1860年代にサリチル酸という抗炎症性の物質が、はじめてメドースイートから抽出されました。    

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それから60年後、サリチル酸を改良したアセチルサリチル酸が合成されました。このハーブは、元の学名をスビラエア・ウルマリアといい、それに因んで「奇跡の薬」はアスピリンと命名されました。

夏、開花中に採集し乾燥したものを用います。冷やす作用によって炎症や発熱を抑え、消化管を保護します。

アスピリンを長期連用すると胃潰瘍や胃出血を生じることがありますが、メドースイートにはそのような副作用がなく、サリチル酸の効果が穏やかに発揮させます。胃酸過多、下痢などに用います。

なお、サリチル酸やアスピリンに対してアレルギーのある人は使用できません。

◆ 和名     セイヨウナツユキソウ

◆ 学名     Filipendula ulmaria 

◆ 主要成分  サリチル酸、フラボノイド、タンニン、クエン酸、粘質物、揮発油 

◆ 作用     抗炎症作用、抗リウマチ作用、利尿作用、発汗促進作用、鎮静作用、健胃作用

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明19日からハーブガーデンを無料公開いたします

ハーブスクエアのハーブガーデンの花が少しずつ花開いて来ましたので、明日(19日)から無料公開いたします。

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ことしは春先から気温の低い日が多く、5月に入ってからも低温状態が続いたことなどから全体とし開花が例年よりも遅くなっています。

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このようなことから個々の生育も遅れていますが、花開いたものもでてきていますのでオープンすることにいたしました。どうぞ、ごゆっくりご鑑賞ください。

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ガーデンは例年、花がきれいに咲いている時季のみオープン期間とし7月末日までの予定です。公開時間は午前9時30分から午後4時30分になります。

なお、ガーデン散策に当りまして次のルールを守っていただけますようお願い申し上げます。

① 植え込みの中には入らぬようお願い申し上げます。

② 小学生以下の子どもさんの単独入場はできません。

③ ペットの連れ込みと、園内での飲食、喫煙はできません。

④ 写真撮影は自由ですが、通路が狭いため三脚のご使用はご遠慮ください。

なお、スタッフが手入れ作業をしていることが あります。あらかじめご了承ください。

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安曇野の鏝絵-16  モルタル壁に描かれた洋風鏝絵(1)

安曇野市豊科高家(たきべ)に国の登録有形文化財に指定されている旧信濃教育会館があります。

平成2(1990)年に長野市から移築され、現在は信濃教育会生涯学習センターとして市民が一般使用できるようになっています。

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建て物は、昭和4(1929)年に完工した偽洋風建築様式の木造2階建てです。外壁はモルタル塗りで、車寄せが建て物に重厚さを与えています。

その車寄せの三面に、ゲッケイジュの枝をリボンで結んだ洋風鏝絵が施されています。デザインはシンプルなものですが、車寄せの重厚感に加え三面に配置された鏝絵が建て物の威厳を増長させているかのようです。

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古い蔵造りの建物が建ち並ぶ松本市の中町通り。なまこ壁と白漆喰の蔵の中にあって、大正ロマンの香りが漂うノスタルジックな建て物があります。

天井部の装飾、円弧を描くような丸みをもたせた二階のバルコニーなど周囲とは違った雰囲気と外観が目を引きます。     

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大手4丁目にあるこの「ミドリ薬品」は、大正10(1921)年創業の医薬品の小売店で、現在の建て物は大正14(1925)年に着工し昭和2(1927)年に完成したということです。 

建築物の前面にモルタルや銅板で装飾した壁をつけ、通りから屋根を見せないようにした洋風建築を看板建築と呼びます。関東大震災後、東京下町を中心に始まり、すぐに全国へ広がった建築工法です。このミドリ薬品の建物も代表的な看板建築といえます。

鏝一本でモルタルをさまざまな形に仕上げる左官職人の技により、店の正面を洋風のイメージに仕上げています。

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正面の壁は「洗い出し」という工法で塗り、上部に洋風鏝絵を描いています。「薬」の文字をベイリーフが囲み、豪華なガーランド模様が下支えしています。これらの上には、スズランの花が施されています。

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少し離れた界隈にも看板建築があり、建て物の正面に鏝絵を掲げた飲食店(凡蔵、大手4丁目)があります。

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三輪のバラの花を包み込むようにガーランドが配置されています。ガーランドの両翼にもバラの花があしらわれています。

* 安曇野とその周辺で見ることができる鏝絵を「安曇野の鏝絵」として紹介しています。

次回から洋風鏝絵を何回か取り上げます。また、タイトルを「信州の鏝絵に見る左官職人の技」として、安曇野以外の鏝絵をご紹介します。

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故郷に戻れないコハクチョウたち

以前、当ブログで書きましたように安曇野で越冬したコハクチョウは、例年2月下旬から4月にかけて生まれ故郷のシベリアへ帰って行きますが、ことしは異変が起こっています。

昨シーズン1,338羽の飛来が確認されましたが、今も安曇野に9羽がとどまっているのです。

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それというのも冬を過ごしている間に、高圧避雷線などに翼を引っ掛けて怪我をしたためで、シベリアまでの4000kmの長旅に耐えられないからです。

残っていて犀川白鳥湖(豊科・田沢)で過ごしているのが8羽。怪我をしたコハクチョウを含む親鳥4羽とその子どもたちのようです。

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そして、もう1羽が御宝田遊水池(明科・中川手)にいます。

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犀川白鳥湖にいる4羽のコハクチョウの幼鳥は、怪我した親鳥たちが中州で休んでいる間、川に入って餌を探したり周辺の空を飛んだりして元気に暮らしています。

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頭部が黒ずんでいるのが幼鳥ですので、見分けることができます。

親鳥の怪我が癒えれば北帰行を始めるかもしれませんが、いましばらくは飛び立つような様子も見られませんので、この1年、安曇野でシベリアから他のコハクチョウが飛来するまで過ごすのかもしれません。

となると、幼鳥たちもこのまま安曇野で幼鳥期を過ごし、成鳥となっていくことになります。

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信州の瓦鍾馗を探して-15   外塀、門柱の上の鍾馗さん

信州の鍾馗さんは大棟に上がっていることが圧倒的に多く、小屋根の上でもたまに目にすることがあります。探索の時は、視線が自然と屋根に向かいます。

外塀や門柱の上というのは滅多にありませんが、短い期間内に立て続けに3体に出合いました。いずれも安曇野市内で見たもので、大棟ばかり見ているとあやうく見落とすところでした。

時どき通る豊科高家(たきべ)の道路沿いに、漆喰壁の塀を巡らせた大きな家があります。

確か昨年夏から秋にかけて、外塀の瓦屋根の改修工事をしていました。

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今年に入ってそのお宅の前を通った時、新しく葺き替えられた瓦屋根に鍾馗さんが載っているのに気づきました。

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記憶に間違いがなければ、改修前は同じ場所に亀の飾り瓦が上がっていたはずです。改修を期に鍾馗さんを蔵出しして来て模様替えしたのでしょうか。

破損した口から胸元にかけてセメント補修したような痕が大きく見えます。捨てられることなく、補修とともにいま再び復帰したということになるのでしょうか。

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桜が散ろうとしている時季、堀金烏川の古い大きな屋敷の側を通っていた時やはり漆喰壁の外塀に鍾馗さんが上がっていることに気がつきました。

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木型(または鋳型)で型抜きした量産ものですが、烏川では初めて見た鍾馗さんです。

上の2体は外塀の上にありましたが、こちらは門柱の上に飾られていました。別の日、豊科田沢で見かけました。

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瓦鍾馗研究家の服部正実さん(京都府在住)や小沢正樹さん(愛知県在住)からも異口同音に「門柱の上というのは珍しいです。初めてですね」と話されています。

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服部さんは「親指と人差し指を立てていますが、人 差し指と中指を2本合わせた『刀印』を結んでいる鍾馗はよくありますが、こんな『印』は初めてです。右手に持っている剣もこの鍾馗さんの為ではなく別の用 途で作られた既製品だと思いますが、こんな形でこんなぴったりのサイズのものがよくあったものだと思います」と評されています。

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さらに小沢さんは「全体の印象は素朴ですが、顔の表情など、細部は結構丁寧に作りこまれているように見受けました」と印象を語っています。

 

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早苗、水鏡、雪形、レンゲ~安曇野に残る農村風景です

安曇野はいま田植えのシーズンを迎え、あちこちの田んぼに次々と苗が植えこまれ、農家は多忙を極めています。

雪を被った北アルプスの秀峰・常念岳。早苗が植えられた山麓の水田。その水田に映る山影。この時期見られる安曇野ならではの光景です。

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水を張った水田が鏡のように山々を映すことから、このような情景を水鏡と呼びます。     

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植えこまれて間もない早苗が、元気よく活着しているのが分かります。     

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常念岳の中央部の山肌に、「常念坊」(袈裟姿で徳利を持つ僧侶の姿)の雪形が現れています。向かって左手に「万能鍬」の雪形も出来つつあります。

雪形は昔から農家の人たちに、農事暦を知らせてきました。田植えと前後して蔬菜の種蒔きや苗の植え付けも始まっています。

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近くの休耕している田んぼにレンゲが花開いています。

レンゲは大気中の窒素を取り込み蓄えながら育ちますので、昔は緑肥としてあちこちに植えられていましたが、今はなかなか見ることができなくなってきました。

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レンゲといえば蜜蜂ですが、朝早くからたくさんの蜜蜂が採蜜にきています。

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新たなティートリークリームができました

ニキビや吹き出物、あるいは擦り傷や虫刺されなどの時に使える天然成分100%の新たな「 ティートリークリーム 」ができあがりました。

同商品名のクリームが海外メーカーから発売されていましたが、天災の被害で操業を中止しました。長期間、欠品状態が続いていましたが、代わって同品質のものを国内メーカーが生産するようになりましたのでご案内いたします。

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身体に対して様々な薬理効果をもった精油のなかでも、ティートリーの葉から抽出したティートリーオイルは、すぐれた特性を持っていることで知られます。

なかでも、免疫系の力を助け白血球を活性化させるうえで、特別の力をもっています。体内に侵入してきた菌に対して、強力な殺菌消毒力を発揮します。

さらに、ティートリーオイルは極めて浄化力が高いことから感染症をおこした創傷、おできなどの膿を減らしたり、水痘や帯状疱疹でできた吹き出物類をきれいにしたり、やけど、ただれ、にきび、白癬、いぼ、たむし、水虫にも役立ちます。頭皮の乾燥状態とふけにも有益です。

アレルギー性皮膚炎、水痘から虫刺されまで発疹をともなうかゆみ全般にも効果があります。

この「 ティートリークリーム 」は、ティートリーオイル、ラベンダーウォーター、スイートアーモンドオイルを主成分に作られています。家庭内に常備しておきますと、さまざまなときに使用できますので重宝します。

 ティートリークリーム                     60g   2,625円(税込み)

* 〔 ティートリークリーム  〕は、ハーブスクエアで通常販売しているほか、通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

 

 

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蛇のたたり~三郷・北小倉

むかし、北小倉に新八という、まじめで働きものの百姓さんがいました。朝は早くから夕方まで、田や畑で働きました。ですから、新八の田は立派な稲が育ち、畑の豆や野菜はとってもよくできたので、町の方へ売りに行っても高く売れました。

でも、新八は仕事に熱心でも、家族のことはさっぱりかまいません。女房のそのや子どもは、いつも貧しい身なりをしていました。

ある日のこと、新八は草刈りにでかけました。鎌で草をザクザク刈っては縄でしばり、大きな束(たば)にして背負いこみ、自分の田んぼへ運びました。

     Img_6043 (ヘビは神さまの使者として神社に祀られていることがあります=穂高・有明山神社裕明門)

「さあ、これを田へ踏み込むと、いい稲ができるぞ」と、草を短く切って足で土の中に踏み込んでいきました。しばらく続けていると、どうした訳か、目がちらちらして、ものがぼうっとしてかすんで見えるのです。

「おかしなことだな。どうしただや」。しばらく休んでみましたが、同じ状態が続くので仕方なく家に戻り、そのに見てもらいました。そのは「なんともなっていねえじ。きっと働き過ぎじゃねえかい。少し休みましょ。明日になりゃ、きっと良くなるで」といいました。

しかし、次の日になっても新八の目は治りません。それからというもの、八方手を尽くして薬を買って飲んだり、町医者にも診てもらいましたが少しも良くなりません。

困り果てていた新八のところに、隣の弥七が訪ねて来て「こんだけやって治らねえところを見ると、なんかのたたりかも知れねえ。易(えき)を見てもらったらどうかね」といいました。

                       136(むかし、草刈りするときは、写真一番手前の柄の長い鎌を使ったということです=穂高郷土資料館蔵)

新八は、そのに手を引いてもらい、易者を訪ねました。すると「これは、諏訪明神の使いの蛇の尾を草刈りの時に切ったため、目を病んでいるのだ。その場所に諏訪明神をお祀りすれば、きっと治るに違いない」と、易者はそういう卦(け)が出たといいます。

さっそく家へ帰って草を刈った所へ行ってみると、易者の言ったとおり、干からびた蛇の尾がありました。「やっぱり易者さまの言ったとおりだ。父ちゃん、諏訪明神さまをおつれして、ここに祠(ほこら)を建てましょや」と、そのが新八に言いました。

「おう、そうだいなあ。諏訪明神さまに悪いことしちまった」と二人は、周りの草を取り土を掘って蛇の尾を埋めました。それから数日後、祠を建てて祀りました。

           Photo_2 (北小倉の道の近くにある小さな諏訪明神の本宮)

次の朝、新八は目を覚ますと驚きました。周りのものがすっかり見えるのです。「諏訪明神さまが許してくださったのだ」と、二人は天にも昇る気持ちで喜びました。

それ以来、毎年、草刈りして蛇の尾を切った日には、紙のぼりを立て、赤飯をそなえ、お神酒(みき)を上げ続けたということです。新八も、それまでのようにがむしゃらに働くこともなく、そのと子どもたちを大事にして暮らしたということです。

 

             * 『あづみ野 三郷の民話』(平林治康著)を参考にしました。

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今年も棚田に水が張られました

いま安曇野は田植えの時期を迎えています。

棚田といえば傾斜のきつい山間地にある稲作のための水田ですが、日本の原風景として親しまれてきた景観も、近年ほとんど見られなくなりました。効率的な農作業と生産性の高い水田をめざして造成した圃場(ほじょう)整備事業が進んだことからです。

安曇野では標高の高い山間地の一部に、わずかですがこの棚田を見ることができます。田植えの時期を迎え棚田に水が張られ、まもなく早苗が植えこまれようとしています。 

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棚田が残るのは、安曇野市明科の清水集落です。安曇野を一望できる長峰山に上る途中にあります。

標高が700mあり、四方が山に囲まれた急傾斜地に階段状に水田があります。棚田の面積は合わせて5ha(5町歩)あるそうです。

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急峻な山間地ですので、過去にこの周辺は地滑りに遭っています。地滑りは、肥沃な土壌を運んで来ました。その跡地を先人が棚田に変えてきたのです。

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肥沃な土壌に加え山から湧き出る水が豊富で、田んぼに引いて潤します。自然の恵み、力を最大限に生かした稲作かもしれません。

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形が不揃いな田んぼに、上から下へ段々と水が回るように水路が造られています

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水が張られた田に、カルガモが水浴びしています。冬眠から覚めたアマガエルも鳴き始めています。

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周辺の道はヤマブキの花が真っ盛りです。ウグイスやオオルリのさえずりも近くから聞こえてきます。

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タチツボスミレも花を誇っています。なんとも山間地ののどかな風景ですが、

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田起こししていた農家の人の話によると、トラクターを入れることができないため小型耕運機で起こすので時間が掛かるといいます。

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また、日照時間が短く、水も冷たいことから米作りには工夫や努力が必要になるといいます。

でも身体の続く限り米作りを続けて棚田を守っていきたいと話していました。今年は11枚の田んぼに、15日に田植えをする予定だといいます。



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安曇野の鏝絵-15   干支に出てくる動物たち 

広い敷地内に漆喰壁の蔵が、ポツンと建っています。安曇野の近くの山形村です。

よく見るとなまこ壁は、手の込んだ亀甲文様になっています。なまこ壁の瓦部分は灰色顔料を塗り、見た目にやわらかさを与えるようにしています。

そして、妻面にある蔵窓を囲むように鏝絵が描かれています。     

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丸プレート(牛鼻)とは違って、こうした鏝絵は描く対象をそれぞれの部分に分けて描くことができるので、職人の腕の見せ所かもしれません。 

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まぐさに唐草模様を左右対称に入れ、

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まぐさの上の庇に近い妻壁に、波間を跳ねるウサギ(波ウサギ)です。波は水の図柄で火除けの意があり、ウサギは山の神の使いで安産のシンボルで子孫繁栄の願いをこめています。

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下の小枠に龍がうねった波の中から顔を出しています。龍は雨雲を呼ぶことから火除け祈願が込められています。

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ウサギも龍も干支に登場しますね。


先日、筑北村坂井へ行きました。遅れてきた春。訪れた日はちょうど桜が満開となっていました。

遠目からも、ひときわ目立つ農家蔵がありました。

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牛鼻(棟木の小口部分)に、変わった絵柄の鏝絵があります。近づいて見ると、犬と猪が描かれています。十二支の中でも鏝絵で好んで描かれるのは、龍や兎、虎などが多いのですが、丑、巳、午、戌、亥はそうありません。

この鏝絵には戌、亥がともに描かれています。これはどういう気持ちを込めて描いたのでしょうか?

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一般に犬はお産が軽いことから、安産と子どもの成長を願う意味が込められます。また、猪は旧暦10月の亥の日に行う刈り上げ行事に亥の子餅を作って食べ、万病除去、子孫繁栄を祈る年中行事が農村部に残っています。

こうした意味が込められた鏝絵なのでしょうか。

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それとも、猪は里山に下りて来て田畑を荒らすことがよくあります。その猪を犬が追い払っているようにも見えるのですが…。

 

* 安曇野とその周辺で見ることができる鏝絵を「安曇野の鏝絵」として紹介しています。

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メディカルハーブ-22   ジュニパーベリー

ヨーロッパや北米に広く分布する常緑高木のジュニパーの球果がジュニパーベリーです。緑色をしている果実が2年ほどかけて青紫色に変わり、色が変わってから採集します。

ジュニパーベリーに強い利尿、解毒作用があることは古くから知られ1500年代には薬用酒に用いられ、その芳香が人気を呼び、やがてスピリッツ(蒸留酒)のジンとして世界的に広まりました。

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薬用としての歴史は古く、紀元前1550年頃のエジプトのパピルス文書にもいくつか書き残されています。

お茶として飲用した時、引きしまった風味の中にほのかな甘さがただよい、すっきりしたあと味が楽しめます。

利尿、解毒効果が強く、体内に滞留している余分な水分や毒素を排出します。このため痛風、リウマチ、むくみに効果がありますし、脂肪の沈着を防止する働きもあります。

疝痛と鼓腸を緩和し、消化を促します。また、子宮刺激作用があり、陣痛時の子宮収縮を活発にします。

◆ 和名     セイヨウトショウ

◆ 学名     Juniperus communis  

◆ 主要成分  揮発成分、フラボノイド、糖類、配糖体、タンニン、ポトフィロトキシン(抗ガン物質)、ビタミンC 

◆ 作用     尿路殺菌作用、利尿作用、駆風作用、消化促進作用、子宮刺激作用、抗リウマチ作用

 

 

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信州の瓦鍾馗を探して-14  煙出しにあった鍾馗さん

雪に被われる前に見ておきたいものがありましたので、北アルプスが雪化粧しはじめた晩秋のある日、修那羅峠(しょならとうげ、筑北村坂井)にある安宮神社へ向かいました。

安宮神社は標高1037mの地にあります。ここに養蚕の神様・桑姫さまが祀られています。

途中道が狭くなったり広くなったりのつづら折れの山道を上って行くと、険しい山懐に入ったという感が募ります。行き交う対向車の姿もありません。

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駐車場に車を置き、長い参道を歩き石階段を上ったところに古い社がありました。何気なく拝殿の屋根を見上げると…。あるではありませんか、鍾馗さんが!

「こんなところに鍾馗さん!」と喜び勇んでシャッターを切ったのはいうまでもありません。

明治期に建てられた拝殿で、すぐ近くに神職家族が住んでいます。

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神仏混合の社ということは聞いていましたので、「ここの社も粋な計らいを!」と思いながら…、社務所へ。

神職が留守だったので、奥さんにいろいろ聞きました。そうすると、上がっているのは安政年間に開祖した天武(修那羅大天武命)の姿を、氏子がここの神社創建した明治35(1902)年に寄進し祀ったものということで、鍾馗さんではないとのことです。

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瓦製のご神体を屋根の上に祀っていたわけです。言われてみてよく見ると、穏やかな表情は鍾馗さんのようでもあり、そうでもないような…迷ってしまいます。

天武の姿を知らない制作を任された鬼師は、鍾馗作りに慣れていてついつい鍾馗に似たものができ上がってしまったというのが本音かも知れません。

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目的の「桑姫さま」ともご対面できたので、山を下り坂井の街へ。坂井へ入るのは2回目ですが、前回は時間もあまりなかったのでしっかり探せていません。

何せ信州の鍾馗さん探しは、どこでいきなり遭遇するか分かりませんので、今度は隅から隅までと思い探索に入りました。

そうすると、旧坂井村にも正真正銘の鍾馗さんがいました。

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こちらの新築して間もないと思われる宅の、煙出し(?)の上です。

瓦屋根にばかり目が行っていたのですが、目の前に現れた時は「こんな現代的な立派な家の上に、鍾馗さん!」と、この時も驚きの声を上げてしまいました。

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見ての通り、手びねり古物の鍾馗さんです。

さらに別の地域を回ると…

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こちらも煙出しの上に上がっていました。こちらに見る煙出しは、蚕を飼っていた養蚕農家などによく見られた造りです。

採光、換気、煙出しのために、屋根の上に別の棟をもつ一段高く設けた小屋根で、越屋根ともいいます。

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そこにいた鍾馗さん。越屋根の熨斗(のし)瓦に両肘を乗せ、寄りかかっているようなやんちゃ坊主風で童顔ぽい鍾馗さんですが、立派なひげを蓄えています。

鍾馗探訪パートナーのnaoさんは、「とても良い顔ですね!ほっぺのあたりは本当の子どもの表情みたいです。台座の部分も雲にのっているみたい」と印象を語っています。

『鍾馗さんを探せ!!』の著者・小沢正樹さん(愛知県在住)が、一昨日と昨日、信州の瓦鍾馗探索に休暇を割いて来県されました。途中で落ちあい、これらの鍾馗さんを見て回りました。

「こんな山深いところにも鍾馗さんがあるのですね。奈良や京都とはまるで違いますね」と信州瓦鍾馗の分布の不思議さに改めて驚かれていました。

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