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2012年3月

遅まきながらも春の新芽が…

ことしの安曇野への春の訪れは、例年に比べ遅くなっています。「寒いねぇ」とあいさつ言葉が、ここに来ても飛びかいます。

寒いと思っている間に、ハーブスクエアのガーデンの草花や木々たちもしっかり春の装いを見せてきています。

ガーデン入り口のシモクレンの蕾も日々膨らんできています。

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こぼれ種から芽を吹いたジャーマンカモミールも、青々とした元気な姿を見せています。

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撮影したのは昨日の午後ですが、朝の景色はと言えば下のように前夜から断続的に降り続いた雨が雪に変わり、起きてみるとすっかり雪化粧をしていました。

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いつになく寒い今年の安曇野は、3月の下旬になっても雪が降ったりしています。日中はそれなりに気温も上がり雪は姿を消しますが2週間近く芽吹きは遅くなっているでしょう。

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雪が消えると地肌が見えます。そんな中から、チャイブの新芽も元気な姿をのぞかせます。

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キャットミントも芽を更新し…

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ロゼット状で厳しく寒かった冬をやり過ごしたベトニーも、葉色を緑に変えてきています。

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ロックソープワートも、

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ゴールデンオレガノも黄葉を広げていますし、

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シーズンになると心地よい芳香を放つオールドカーネションも日ごとに青みを増して来ています。

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昨年移植したオリス(ニオイアヤメ)は、新地で勢いのあるたくさんの新芽をのぞかせています。

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幹回りがこの数年太くなり白花をつけるようになってきたマロニエも葉芽をしっかり固めてきています。

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初夏に真紅の鮮やかな花色を楽しませてくれるクリムソンクローバーは、種から発芽しています。

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新葉が五色の色を楽しませてくれるゴシキヤナギも、枝をすでに赤く染め上げています。

寒さに身を縮ませているうちに、ガーデンの植物たちは確実に早春の息吹を感じさせてくれるようになっています。

 

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峯方の首なし六地蔵~明科・峯方

むかし、上生野に与平という働き者がいました。年はまだ若いのですが、朝がしらじらと明けて来たころには田畑の仕事をはじめ、家に帰るのはいつも月を背中に背負うほど、よく働きました。

与平の田畑は、犀川(さいがわ)の近くで、この川は大雨が降るとすぐあふれた水が田畑を荒らしました。

その年も、大雨の降る梅雨になり、案の定、川は増水し、水は土手を超えて与平の田んぼも水浸しになりました。水がようやく引くと、田んぼの中は石だらけになっていました。

           063(むかし、犀川は大雨が降ると氾濫し田畑は被害を被りましたが、いまは河川改修も進み氾濫することはなくなりました。犀川と稲が実っている明科の田。手前の車道は国道19号)

与平はまた米が作れる田んぼにしようと、石を拾い泥土を耕しました。そして、耕し終わったところに豆を播きました。

秋の終わりころのことです。「与平はいるか」と、なんの前触れもなく松本城から年貢の取り立てに役人が来ました。与平が留守と分かると、隣の家の糸をつむいでいたばばに声をかけました。

           054(今は国宝指定を受け美しい姿を見せる松本城も、その昔、与平たち農民にとっては高い年貢を課す権力の象徴と映ったかもしれません)

ばばは「与平は田んぼで」と答え、田んぼへ行く道を、わざと遠回りする道を教えてやりました。役人が去ると、ばばは一番近道を、ころげるようにして与平のもとへ行きました。

「役人が来たで。米を作らず、豆なんか作りおってと怒っていただ。まもなく、こっちさ来るだ」「違う、ばば。おらあ……」「ばばは、分かってる。大水の後、豆だってよく作ったくれえだ。だで、あの役人には通らねえじ」。

もう与平にとって、逃げるしかありませんでした。山を越えて遠く離れた真田の町へ逃げようと思いました。

     090(与平が役人の手から逃れるために走った峯方の道。今でも道幅は狭く、木々が生い茂り片側は急な崖になっています)

役人は与平が逃げたとみて、馬に鞭を打って追って来ました。六地蔵のある山の中腹まで逃れてきた与平が下の道を見ると、馬に乗った役人の姿が見えました。「もうだめだ」と思った与平は、とっさに傍に立っている地蔵さまに頭を下げ、「どうかお助け下せえ」と手を合せました。

すると、どこからか「わたしの後ろに隠れなさい」と、声が聞こえてきました。辺りを見回しましたが、誰もいません。よく見ると、六番目の地蔵がほほ笑んでいました。与平は「お地蔵さま」といいながら、その地蔵の後ろに隠れました。

ほどなく馬で追ってきた役人が来ました。役人は雨上がりの道に、与平の足跡が六番目の地蔵のところで消えているのを見て「与平、そこに隠れているのは分かっているんだ。出てこい」と怒鳴りました。

地蔵の陰で、震えながら隠れていた与平は「もうだめだ。お地蔵さま、助けて下せえ。お願えします」と、両手を合わせ心の中で一心に頼みました。すると一番目の地蔵が「つ」といいました。地蔵がしゃべったので役人が驚いていると、その地蔵の首がコロリと落ちました。そして、すぐに二番目の地蔵が「よ」といって、首を落としました。三番目は「く」といい、四番目は「い」といい、五番目は「き」、最後の六番目は「よ」といって、これも首を落としました。

           Cimg7634(六地蔵の首が次々と落ちたことにより、与平は助かりました。この六地蔵は、穂高・満願寺のお経橋のたもとにあるものです)

これを見ていた役人は腰を抜かし、驚きのあまり、言葉もでません。やがて、両手をつき、這うようにして馬まで行き、やっとのことで馬にまたがり、転がるように坂を下って行きました。

与平は「お地蔵さま、おらを助けるために首を落とされて…。ほんとに、ありがとうごぜえます」と、なんどもなんどもお礼をいいました。

家に戻った与平は、手桶と線香を持って、首を落とした六地蔵のところへ再びやって来ました。沢から手桶に水を汲んできて、お地蔵さまを一つ一つきれいにし、線香を上げました。

そんなことがあってからも与平は、それまで以上に働き、水害で荒れた田んぼを米の作れる田に作り上げました。そして、朝と夕方は六地蔵の方へ手を合わせることを忘れませんでした。

 

       * 『 明科の伝説 岩穴をほった竜 』(降幡徳雄著)を参考にしました。   

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メディカルハーブ-22   ルイボス

南アフリカの最南端、喜望峰の辺りが特産のハーブで、赤さびのような色をした針のような葉が特徴です。

メディカルハーブとしては、この葉部を使用します。SOD(活性酸素除去酵素)を多量に含むからです。

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100年ほど前に強心作用が発見され、今日では心臓疾患の治療によく用いられます。複雑な化学物質を含有し、それらが組み合わさって心臓機能を改善することが分かっているようです。

冠状動脈の循環を改善し狭心症を防ぎ、血圧を正常化します。ジゴキシン(ジギタリス配糖体)などとは違い、心リズム障害のリスクを高めることはありません。効果発現までに4~12週間を要することがあります。

◆ 和名    ルイボスの和名はありません。南アフリカ共和国のケープタウンの北側一帯にのみに自生し、通用名ルイボスは現地語で「赤い灌木」の意味です。

◆ 学名     Aspalathus  linearis 

◆ 主要成分  フラボノイド(ケルセチン)、ミネラル(カルシウムほか) 

◆ 作用     SOD(活性酸素除去酵素)による抗アレルギー作用、抗酸化作用、代謝促進作用

 

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安曇野の鏝絵-12   長押に描かれた吉祥文様

山深いところに旧家があり、母屋の客間にみごとな鏝絵があるとの情報を得ました。女主人が自家栽培したそばを打ってくれるとも。これはもう出かけなければ…。

旧会田宿から山側へつづら折れの道を走り、どんどん上って行きます。途中人家がポツリポツリとあるくらいで、本当にこの先に蕎麦屋さんがあるのかと思うほど深く山を上ります。

やがて目の前に数件の家々が見えました。なかでも大きな家があり、すぐに見当がつきました。母屋の奥手にソバをいただく客間があり、そちらへ。元は蚕室として使っていた建物を改造したといいます。

予め伺う時間を昼近くと連絡しておいたので、午前中にそばを打って待っていました。そばが茹であがるまでの時間、さっそく鏝絵のある母屋を案内していただきました。

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みごとな吉祥文様の鏝絵です。老松の大樹を挟んで丹頂鶴が2羽飛翔し、右側から満月が照らしています。

初めて拝見した室内にある鏝絵です。床の間にある書院欄間(らんま)の上の長押(なげし)部分に描いています。欄間の上に長押があるという造りを見たのも初見になります。

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母屋を着工したのが明治4(1872)年、完成したのが同19年だったといいます。先祖が所有する山から木を伐り出し、時間を掛けながら思い描いた家造りをしたということです。昭和初期に客間を改装した時に、この鏝絵を入れてもらったそうです。

鏝絵の下の筬欄間(おさらんま)にも注目です。細かくて長い沢山の縦の桟が入っています。

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鏝絵は会田本町の左官職人さんの手によるもので、銘も残っています。

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訪れたのは積もった雪もかなり融け始めた2月の半ば。寒気がぶり返し底冷えする寒い日でしたが、蕎麦のコシがしっかりしていてなんとおいしかったことか。自家栽培のソバの実、茹で上がりを冷たい湧水でしめたソバ、これはたまりません。

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たっぷりいただいた蕎麦と、みごとな鏝絵に満足した一日でした。

蕎麦をいただいた部屋の2階から母屋をのぞいた風景です。

* この鏝絵がある蕎麦屋さんのWebは、こちらです。

 

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信州の瓦鍾馗を探して-11  小集落で地域を守った鍾馗さん

むかし宮廷貴族社会で活躍した女流作家・清少納言は、「秋は夕暮れ」と称賛しましたが、休日の鍾馗さん探しをしている身にとって日暮れが早いのは、探す時間も写す時間も限られうらめしい季節です。

秋も深まったある日、松本市四賀の未探索地を拾い出し、逸る気持ちを抑えながら目的地へ向かいました。

松本市四賀の中心部から離れた山間部にいくつかの小集落があります。山間部ですから四方を山に囲まれています。

本村もその一つで、山の谷合に十数戸の家があります。車道が山の中腹部を走っていますので、集落が眼下に見渡せます。

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瓦葺きの家が多く、そのうちの一軒の宅に鍾馗さんが上がっていました。

四賀ではかつて瓦に適した粘土が産出し3軒の瓦屋があったといいます。3軒のうちのどこかで作ったこの鍾馗さんを、運んで来て上げたものでしょう。

同じ鬼板師が制作したと見てほぼ間違いのない鍾馗さんが、隣接する明科中川手でも見かけていますので、この推測は間違っていないと思います。

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京都府在住の瓦鍾馗研究家・服部正実さんは、「そんな山間部の小集落にも鍾馗さんがあるというのは、ある時期に、屋根に鍾馗さんをあげるという風習がかなりの勢いで広がったのだと思います。
それはやはり三州の瓦職人が入っていった事と関係があるのかも知れませんね、古そうな鍾馗さんで、穏やかな顔をしておられます」と、語ってくれました。

村の氏神さまとともに、鍾馗さんもこの集落の安寧を見守って来てくれたのではないでしょうか。

その日から3カ月ほど経った朝から青空が広がった冬の日、四賀の板場という集落を探索しました。ここでも一体の鍾馗さんと出合いました。

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 五常に上がっている鍾馗さんと比べると、制作技術に差があることは否めません。家人が 前庭で薪を割っていました。「建直し前の家に上がっていたものを新築後も上げている」と、薪割りの手を休めて話してくれました。

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瓦鍾馗に関する本を著したkiteさんこと小沢正樹さんは「京都あたりでは、古い鍾馗さんは縁起が悪いので新築の家には新しい鍾馗さんをあげるべし、といわれています。瓦屋さんの拡販戦略から出た迷信ではないかと勘ぐっていますがそれに比べ(信州の鍾馗さんは大事に継がれて来て)うらやましい状況です。他よりも素朴派のようですが私はこういう鍾馗さんが大好きです」とのコメントをいただきました。

* 小沢正樹さんが著した本は『鍾馗さんを探せ!!』で、詳しくはこちらです。


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大塚神社の耳かき~穂高・耳塚

耳塚のはずれ、橋爪との境に、天満沢川(てんまさわがわ)をはさんで、「大塚さま」と呼ばれる祠(ほこら)と小さな鳥居のある塚があります。

この塚は安曇野に棲んでいた八面大王と呼ばれる鬼が坂上田村麻呂に退治され、よみがえられないように五体をバラバラにして埋葬したうちの大王の耳が埋められたという伝説がある塚です。

祠の中には、小指くらいの太さで長さ6、7㌢㍍の、ウツギの枝に細く割った竹をさして作った耳かきがたくさん供えてあります。この耳かきについて、こんな 言い伝えがあります。

            Photo_3     (周りが田畑に囲まれた中に大塚神社があり、遠目からも塚であることが分かります)

いつのころか、天満沢川のほとりに作三、およしの夫婦と天作という息子が住んでいました。天作は、作三の話が大好きで、夜になると「おとう、ゆうべの話の続きをしておくれ」とねだるのでした。

ある夜、作三がいつものように、昔話を聞かせてやろうとすると「おとう、おら耳が痛てえ」といいます。天作の額に手をあてると、ひどい熱でした。それから三日目、およしが額や耳を必死に冷やしてやった甲斐あってか、天作の熱が下がりました。しかし、その時から天作の耳が聞こえなくなってしまいました。

ある日、およしが「どうずら、大塚さまにお願いしてみちゃ」。作三も天作の耳を治したい一心でうなずきました。そこで作三は天作をつれて、毎朝、ウツギの花が咲いていい匂いのする道を、大塚さまへお参りにいくことになりました。

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「そうだ。この花を大塚さまにあげずよ」。 天作はそう言ってウツギの花を折っては毎朝あげました。祠の前のウツギの花は日ごとに増え、祠の前がウツギの花でうまるほどになりました。

そんなころ、大塚さまが作三の夢の中に現れました。「祠にあげてあるウツギの枝に竹をさして耳かきを作り、それで天作の耳が治るまで毎日ほじってみよ」といわれました。

           115     (ニシキウツギの花。ウツギには、他にもバイカウツギ、ノリウツギがあります)

次の朝早く、作三は大塚の祠の前のウツギの枝をもらって来て、お告げどおりの耳かきを作り、天作の耳をほじりました。

二十一日目の朝、「おとう! 耳が聞ける」天作が叫びました。「ふんとか」。作三とおよしは、大喜びしました。不思議なことに、天作の耳は元通り聞こえるようになったのです。

作三は、同じ耳かきを天作の年の数にちなんで六本作り、お礼参りをしました。それから村の人たちは「大塚さまは耳の病を治してくださる」といって、耳を患うと大塚さまにお参りし、作三のあげた耳かきをお借りしては、病んでいる耳を治しました。

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そして、耳が治ると、その人の年の数だけウツギで耳かきを作り、大塚さまの祠にあげてお礼参りをしたということです。

 

            * 『 あづみ野 穂高の民話 』(安曇野児童文学会編 )を参考にしました。

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安曇野の鏝絵-11   縁起物~鶴と亀(4)

松本市里山辺で目にした鶴・亀の鏝絵から…。

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白漆喰が一部剥落していますが、金色で彩色されたまばゆいばかりの鏝絵です。

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上の鏝絵が飾られている蔵からさほど離れていないところにも、鶴亀がいました。

こちらは壁面に描いています。

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蔵入り口の亀がインパクトありますので、すぐに分かります・

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ところで土蔵の壁の厚さはどのくらいあるか、ご存知でしょうか?

たいがいの場合、30cmあるそうです。それは地表の土を30cm掘ると温度が一定して外気温の熱さ、寒さに影響を受けないということを先人達が経験則として知っていたそうです。それを蔵造りに応用したことから30cmの厚さが保たれるようになったのです。

土は湿度の調整にも優れています。湿度が高い時は、壁中の土が湿気を吸い込み、逆に乾燥している時は水分を放ちます。

ですから蔵の中に収蔵しているものは、土の織りなす調整能力のおかげで長持ちするということになります。

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飛翔する2羽の鶴です。番いでしょうか、それとも親子?

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上の亀は、長寿のシンボルとしての蓑亀と呼ぶには少しはばかるような若亀のような雰囲気です。


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松本市今井に描かれている亀は、黒地に白漆喰だけで彩色されていません。

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さざ波と飛沫の中に亀がいます。3本の縦線は、滝を表わしているのでしょうか?

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Λ(山)の下に千の文字を入れた屋号を、左右から鶴が慶事を呼び込むように描かれています。松本市に隣接する山形村にあります。

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松本市内田の農家蔵に描かれていた波涛の上を飛ぶ鶴です。

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蔵本体は建ててから相当な歳月を経ていることは傷みが目立ってきていることからも分かりますが、妻壁の鏝絵は退色はそんなでもありません。

* 安曇野とその周辺で見ることができる鏝絵を「安曇野の鏝絵」として紹介しています。

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味の逸品、カンパリトマトのハーブオイル漬けはいかがでしょうか

自ら作った野菜を、味や香りを工夫して農産物加工品に作り上げている生産農家の主婦グループ・カモミールの会が、また一つ自他共に認めるおいしい加工品の絶品「 ドライトマトとハーブオイル 」を作り上げました。

この「 ドライトマトとハーブオイル 」は、ワインなどのリキュールのお供に、ピザやスパゲッティなどの具としてもうってつけです。

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天日乾燥させたカンパリトマトを、オレガノ、ローレル、バジル、ブラックペパーなどのハーブやスパイスで風味付けしたオリーブオイルに、じっくりと味がなじむまで漬け込んで作り上げた絶妙の味の「 ドライトマトとハーブオイル 」です。

オランダ産まれのカンパリトマトは、プチトマトよりもやや大きめの中玉サイズ。トマト本来の甘味、酸味、コク、香りが絶妙で、トマトの中でも秀逸品種です。ビタミンA、Cのほかリコピンやベータカロチン、各種ミネラルが豊富です。こうした素材の良さを、乾燥させることで栄養素をそのまま残した加工品に作り上げました。

長野県内で生産された農産物加工品のコンペで、その年の最優秀品に与えられる知事賞を22年度に獲得しています。

クラッカーなどの菓子にのせてもおいしいですし、そのままでも おいしくいただける逸品です。ぜひ一度お試しください。

ドライトマトとハーブオイル」は、安曇野産カンパリトマトを使用しています。   

 ドライトマトとハーブオイル            120g   1,000円(税込み)

* 〔 ドライトマトとハーブオイル  〕は、ハーブスクエアで通常販売しているほか、通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

 

 

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ハーブ・モカソフトの販売を今日から再開しました!

冬期間、休んでいましたソフトクリームの営業を、今日17日(土)から再開いたしました。

ハーブスクエアのソフトクリームは、ハーブ・モカソフトクリームで、例年、ご好評いただいています。

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ハーブ・モカソフトはハーブスクエアのオリジナルで、ノンカフェインですので小さなお子様からお年寄りの方まで幅広く召し上がっていただけます。

ダンデリオン、チコリという2種類のハーブの根を小さく刻み、焙煎したものから抽出液をつくります。これと原料用のミルクをフリーザーに入れて巻き上げると、香ばしくさわやかな甘さのモカ色ソフトができ上がりです。

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ハーブ・モカソフトは、コーンに巻いたテイクアウト(持ち帰り)のほかに、喫茶コーナーでも召し上がれます。喫茶コーナーでは、カップに入ったかたちでのご提供になります。

   ソフトクリームの価格は、従来どおりとなっています。

                ハーブ・モカソフトクリーム         

                  〔コーン〕       350円                        

                  〔喫茶・カップ〕   475円 

どうぞ、おいしいハーブ・モカソフトをお召し上がりください。お待ち申し上げます。       

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取り壊しが始まった3連アーチの常盤橋

かつて「 姿を消そうとしているコンクリ製3連アーチの常盤橋 」(2011.1.27) について書きました。その常盤橋の解体工事が14日から始まりました。

人目を惹く3連の太いアーチと、橋の路面を支える堅固な桁を組み合わせた素朴な橋でした。古き良き時代の歴史的生活遺産が、また一つ失われようとしています。

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3連アーチのうち、すでに一つのアーチは取り壊され跡かたもなく消えています。橋桁の取り壊しを行いながら作業が進行していて、骨材がむき出しになっているのが見えます。

大型重機5機が解体工事に取りかかっていて、予定では今月末には解体に伴うすべての工事が完了することになっています。

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この架橋は昭和36(1961)年に竣工した安曇野市穂高を流れる穂高川に架かる3連アーチの堅固な鉄筋コンクリート製ロゼット桁橋です。

橋の上部に弓形のアーチリブというアーチ状の構造物を載せ、下向きにかかる橋の重さを川の両岸に逃がして強度を保つという長野県が考案した橋でした。

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景観に配慮するため表面に彫り込みを入れ、コンクリートの圧迫感を和らげる工夫も施されていました。橋梁の専門家は「常盤橋はデザイン的にも優れ、当時の担当者の情熱や心意気がよく表れている」と評価していました。

同じ設計者による県内の5橋は、鉄筋コンクリート・ローゼ桁橋として平成14年、土木学会選奨土木遺産に選定されています。

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県道に架かる橋ですので管轄は長野県になります。戦前に県職員の技術者が編み出した誇るべき架橋を、県の手によって16億円の公費を掛けて新橋に架け替え直すという公共工事が進んでいます。

老朽化、狭隘化が取り壊しの理由ですが、歩行者や自転車などの専用橋として残し利活用を図るという方法もあったはずです。

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現在、解体工事の進む常盤橋の近くに旧常盤橋の橋桁が残っています。しかし、今取り壊される常盤橋は何も残さないようです。

 

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寒く長かった冬にもお別れです

春が足早にやってくる気配が、なかなか感じられない今年の安曇野です。雪解けが進んだかと思うと、また降り積もるような日々が依然として続いています。

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標高650メートル以上の山の中は、まだどっさり積もった雪が残っています。しかし、沢には解けた雪解け水が流れ込み勢いを増しているようにも見えます。

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長い冬の中で、生息動物たちが餌になるものを求めて盛んに動き回っているようです。この雪上に残した足跡は、かなり大きな動物のもののようです。

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とはいっても、3月も半ば近くになってくると少しずつ木々が芽吹いて来ているのを目にすることができるようになってきました。

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いち早く芽を吹いたのは、やはりヤナギたちです。上はネコヤナギ、下はバッコヤナギ(ヤマネコヤナギとも)で花穂が銀白色になって春が間近いことを知らせてくれます。

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日当たりのよいところでは、フキノトウが芽を出し始めています。

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そして、雪が解けると何よりも先駆けて花開いてくれるフクジュソウにもご対面できるようになってきました。

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多くの木々たちはまだ新芽を吹かせていませんが、ボケが少しだけ芽吹き始めましたし…

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キンミズヒキも土中から新芽をのぞかせ始めました。

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早春に淡黄色の花をつけるアブラチャンも、

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田植えの時期を知らせてくれるというコブシもまだ固い芽の段階ですが、これから芽を膨らませてやがて開花してくれることでしょう。

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安曇野はことのほか寒く長かった冬に別れを告げ、草花が花開く春へと徐々に移り変わっています。


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信州の瓦鍾馗を探して-10   にらみ返しの鍾馗さん

前回に引き続いて四賀の鍾馗さんです。

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捕えた鬼を足蹴にして懲らしめているようです。鬼より強い鍾馗の面目躍如といったところです。こんな具象的な形で象られた鍾馗さんも珍しいものです。

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素朴な感じを漂わす鍾馗さん。小屋根の上に載っていました。明科・下押野に載っていた4方位を睨む鍾馗さんと同じ職人の手による作です。

刀剣が半分欠けています。ここの家の主人の話では「新しく屋根を葺いた時、(別の瓦職人の身体が当たり)折れてしまっただ」ということです。

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遠くに視線をやり、疫病や悪霊が立ちいらないように家を見守っています。

そんな鍾馗さんが、がんじがらめに縛られて固定されています。屋根上に風がもろに当たるのは分かるのですが、少しやり過ぎでは…。

下はこれまでの地域から少し離れたところにあった鍾馗さん。凛々しい顔つきで正面を見つめています。上の鍾馗さんも、せめてこんな具合に止めてほしかった…。

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「向こうに鬼がいるだ。鬼をにらみ返しているだ」と、畑作業の手を休めて話してくれたここのご主人は、少し離れたお向かいさんを指差しました。

「睨みかえし」といわれる鍾馗さんの上げ方の一つで、奈良をはじめ関西で多く見られる上げ方の手法です。

信州では「睨みかえし」、「お寺鍾馗」、「行き止まり鍾馗」など古都でよく見られる上げ方の法則性を踏襲しているのは、ほとんどといってよいほどありません。

鍾馗さんが上がっている宅の家人から、こうした正統な上げ方を意識しているというのは初めて聞きました。

ここのご主人、鍾馗さん撮影に梯子まで用意してくれました。


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メディカルハーブ-22   ローズヒップ

ローズヒップは、バラ(ローズ)の花が咲いた後につく実のことです。一口にローズといっても品種改良が進み、2万種を超える種があると言われます。薬用ハーブとして用いるのは、この中の数種の原種に限られます。ローズヒップはドッグローズ(ローズカニーナ)になる実を指します。

ドッグローズの名は、古代ローマ時代に狂犬病にかかった犬の咬み傷にこの実の成分が効くということから名付けられました。

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このローズヒップの特筆すべきこととして、ビタミンCの含有が豊富なことです。レモンの20倍とも言われ「ビタミンCの爆弾」の異名をもつほどです。

ビタミンCとともに各種のビタミンや有機酸も含まれていることから、美肌効果のほかに傷んだ肌の修復や肌荒れなどに有効です。滋養強壮効果も高いことから栄養補給に用いたり、緩下作用もあることから便秘の改善にも効果があります。

市販されているローズヒップティーはハイビスカスがブレンドされていて酸味が強いのですが、ローズヒップ単体のお茶はフルーティーで甘い香りがします。口に含んでも特別に酸っぱくはなく、ほどよい酸味の味と言えます。

ビタミンCなどの成分を抽出するには、写真のようにカットしたものを用いるようにします。

◆ 和名     ヨーロッパノイバラ

◆ 学名     Rosa canina  

◆ 主要成分  ビタミンC、B、E、K、タンニン 

◆ 作用     抗うつ作用、抗けいれん作用、催淫作用、消化刺激作用、収斂作用、胆汁分泌作用、浄化作用、去痰作用、抗菌作用、抗ウイルス作用、腎強壮作用、補血作用、月経調節作用、抗炎症作用

 

 

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顔の欠けた道祖神~堀金・岩原

むかし、岩原に働き者の与兵衛と怠け者の五郎太という男が住んでいました。ふたりの畑は隣り合わせで、間に道祖神が建っていました。男神と女神が仲よさそうに手をつないでいる道祖神でした。

畑が隣りどうしだったことから、村人たちは二人の畑を見比べながら「与兵衛さのとこの物は畑いっぱいに実って、みな青々しているに、怠け者の五郎太んとこのは、ひょろひょろして色も悪いし、枯れそうじゃねえか」と噂していました。悪い噂は五郎太の耳にも届き、与兵衛のことをおもしろく思っていませんでした。

           2_3                        (与兵衛の畑も、このように手入れされていたのでしょうか)

そろそろ秋の道祖神祭りが近づいて来たときのことです。与兵衛はお供えする枝豆を収穫しようと準備をしていました。そこへ五郎太が息をこらしてやって来ました。「今、道祖神さまの汚れを落としていたら、神様がおらに『収穫は祭りの翌日にするように』とお告げになっただ。だで急いでおめえに知らせに来ただ」と、うそをいいました。与兵衛は「お告げなら‥」と思い、収穫を一日延ばすことにしました。

にぎやかな祭りが終わり、次の日、さっそく作物を穫り入れようと畑に行くと、あるはずの枝豆や野菜が何もありません。与兵衛は信じられませんでした。そして道祖神のところへ走っていき泣き叫びました。「おらはぜいたくもせず、地道に働いて来ただ。神様が延ばせというから延ばしたのに、なんでこんな目にあうだ。ひどいじゃねえか」

気持ちがおさまらない与兵衛は、近くにあった石をとっさにつかんで、道祖神の顔を殴ってしまいました。次の瞬間、道祖神の男神と女神の顔が欠けてしまいました。我にかえった与兵衛は、自分がとんでもないことをしてしまったことに気づきました。そしてそのまま、家にこもってしまいました。

                              113( 顔の欠けた双体道祖神は現在、堀金歴史民俗資料館前に保存されています。裏面に文政九戌年=1826年の碑銘が記されています)

与兵衛の畑は、怠け者の五郎太の畑の方がまともに見えるほどに、見る見る間に荒れすさんでしまいました。与兵衛をだました五郎太は「おらの畑の方が、与兵衛のとこよりいっぱい収穫できるわい」と、喜んでいました。そして、意気込んで畑に出かけました。

「エー、これは、どうしたというだ」 昨日までなんともなかった作物が全部枯れているではありませんか。五郎太は、その場に呆然と立ちすくんでしまいました。

しばらくして、五郎太がふと見ると の欠けた道祖神が目に止まりました。「おらが道祖神さまの名を語って、与兵衛をだましたからかや? 畑の物が枯れちまったり、道祖神さまの顔も欠けてしまったり‥‥。なんかとんでもねえことが起こるかもしれねえ」とつぶやき、与兵衛の家へ行きました。

「与兵衛さ、申し訳ねえ。おめえのとこの野菜を盗んだのは‥‥このおらだ。道祖神さまのお告げだとだまして、すまねえことしただ」と謝りました。すると与兵衛は「おらの方がえれえことしちまっただ。道祖神さまにだまされたかと思って、神様の顔を石でなぐって鼻を欠いてしまっただ」といいました。

それから二人は相談し、新しい道祖神を二人で建てることにしました。石工に頼んで彫ってもらい、顔の欠けた道祖神を丁寧に埋めました。二人はその後、争うこともなく、五郎太も人が変ったようにまじめに働くようになりました。村の人たちは、この様子を見ながら新しい道祖神を近所の仲たがいをまとめる役として、大切にお祀りしたということです。

           001(現在建っている道祖神は、顔欠き道祖神の後の文久二年=1862年に建てられたもので、一回り大きくなっています)

土に埋められた道祖神は、ずうっと後になって道路を拡幅するときに村人によって発見され、掘り起こされて顔が欠けたままの姿で祀られています。

 

         * 『あづみ野 堀金の民話』 (あづみ野児童文学会編)を参照しました。

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春の足音を運んできた名残り雪

先日、安曇野は行きつ戻りつの春まだら模様とお伝えしましたが、5日もハーブスクエア周辺は15cmほど雪が積もりました。

この日は、冬ごもりしていた地中の虫が春を感じて穴から出てくるという啓蟄(けいちつ)だったのですが…。写真は同じ日の午後の風景です。終日霧がたちこめ、陽ざしが射しこまない一日でした。

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この時期に降る雪は、湿り気をたっぷりと含んだ重い雪になります。雪の重さで倒木したり太い枝が折れたりして、架線を切断し停電になったりすることもあります。

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ハーブスクエアの駐車場と店舗の間にブッドレアの大木がありますが、やはり雪の重さで太い幹が折れてしまいました。

その枝を取り除いていたら、なんと新芽が顔を出しているではありませんか。

写真は気温も上がり雪もどんどん消えた翌6日の模様ですが、幹の下部分には勢いのあるたくさんの新芽が確認できます。

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寒い、寒いと思っていたら、木々たちはしっかりと春の準備をしていたのです。手前にあるのがブッドレアです。

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前庭の消えかかった雪の間から、クリスマスローズの若芽も顔をのぞかせています。

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春の足音を運んできた名残りの雪と言えそうです。

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安曇野の鏝絵-10  縁起物~鶴と亀(3)

道を走っていて、この鏝絵の迫力に驚きました。すぐに引き返し、カメラレンズを向けたのは言うまでもありません。

舞䑓蔵(䑓は台の異体字)の舞台とは、祭礼で曳きまわす山車(だし)をこの地域では、舞台と呼びます。ですから舞台蔵とは、山車の収納庫になります。

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シャッターのある蔵というのもあまり見たことがありませんが、妻面全体から支えている柱まで鏝絵で飾られているというのも、初めて見ました。華やかな山車に負けない収蔵庫の豪華版です。

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奉納される津嶌社の神紋の周りを2羽の鶴が舞い、下に白波がさざめいている意匠はオーソドックなものですが、黒漆喰に金色で表したところにセンスの良さが感じられます。

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左官職人は、いい仕事をさせてもらった施主への感謝の志を表わす意味で多くの鏝絵を残したといいます。

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この地域をくまなく歩きましたが、こんな豪華版の鏝絵は見られませんし、それどころか農家蔵には鏝絵が見当たりません。地域に腕の立つ左官職人がいたとするならば、他にも残しているはずです。 

この舞台蔵が建ったのは50年を超えていて、部分的な補修はしているものの鏝絵は建造時のままということです。   

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この鏝絵を制作した職人さんは、この地で生まれ他の地で腕を磨いたのかもしれません。蔵の左官作業を任され、漆喰を塗り重ねて仕上げた上で育った故郷への恩返しの心を込めてこの鏝絵を描いたのかもしれないと想像しました。

例年、4月の春祭りにこの舞台蔵に収められている2基の山車は、2㌔ほど先の津嶌社までの狭くて急な坂道を上り曳きまわされます。

舞台蔵は松本市四賀の保福寺街道沿いにあります。

* 安曇野とその周辺で見ることができる鏝絵を「安曇野の鏝絵」として紹介しています。

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旅立ちの時を迎えています

3月は別れの月ですが、安曇野でもいまコハクチョウが旅立ちの時を迎えています。

今シーズン、コハクチョウの安曇野への飛来を確認したのが昨年10月10日でした。そして、最初の北帰行が始まったのが先月22日、4カ月ほどの期間、安曇野で過ごしたことになります。 

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家族なのでしょうか? 数羽の編隊を組んで飛翔する姿が見られます。

行く先は安曇野から遠く4000キロ離れたシベリアの地。途中、羽休めしながら故郷へ帰って行きます。

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中には安曇野で婚活に成功したのでしょうか、カップルで飛んでいくのも見られます。

今シーズンは1月の日本海側の豪雪が連日報じられていたころ、食餌を求めて安曇野への飛来が急速に増えました。

安曇野に初めて白鳥がへ訪れてから28シーズン目となった今年は、1,338羽の飛来が確認されました。昨シーズンに次いで過去3番目に多い飛来数となりました。

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北帰行はこれからピークを迎え、旅立つ姿は4月いっぱい続きます。

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信州の瓦鍾馗を探して-9  似ていて非なる鍾馗さん

安曇野市明科の東に隣接する松本市四賀五常、ここに8体の古い瓦鍾馗が残っています。いずれも特徴のある鍾馗さんといってよいかと思います。

いまは廃屋となっていることが一目で分かる軒端に対で飾られていた鍾馗さん。顔の表情やポーズ、大きさが酷似していますので同一鬼師が制作したことは間違いないでしょう。

しかし、似ているようで違っている。さて、どこがどう違うのでしょうか?

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まずこちらの鍾馗さん。アンテナ柱とコードが被さっていて少し見にくいというか、邪魔になるのですか゛…。

この鍾馗さん両手で剣を握っていて、しかも握っているのは刃部分ではないでしょうか。

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そして、反対側の軒にあるもう一体の鍾馗さん。

よく見ると顔つきは極めて似ていますが、持っている刀剣が違いますし、握っているのは刃ではなく柄の部分です。そして着衣のはね上がりも少し違えてあります。

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この地を訪れたのは、紅葉が始まりかけた初秋の晴れあがった日。さわやかで、穏やかな昼下がりでした。

目はギョロっとしていて、三等身大の「ギョロ目鍾馗」です。

現地では同じように見えた鍾馗さんでしたが、後でよく見ると違っていました。

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こちらは、討ち取った鬼の首を手にし、鬼首は正面を向いています。

少し離れたところに在ったもう一つのギョロ目は、捕えた小鬼を脇に抱え小鬼は天を向いて仰向け状態です。

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実はこのギョロ目鍾馗は、三部作です。会田地区にももう一体上がっています(既出)。こちらの小鬼は前を向いた姿で、捕えられ鍾馗さんの腕から逃れないようです。

顔の向きや視線の先も、三体とも少しずつ違えていますね。

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似たものを作っても同じものは作らない、鬼師の心意気といったものが垣間見えてきませんか。

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調理の味を抜群に上げる塩こうじ

前回、米こうじの優れた特性についてご紹介し、この米こうじに塩と水を加えて塩こうじを作ることについても触れましたが、今日はこれらの材料を適量使用して作り上げた格別においしい「塩こうじ」ができましたので、ご案内します。

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栄養豊富な天然の発酵調味料として、人気が過熱気味な塩こうじですが、既製品のなかには塩味がかなり強いものもそれなりにあります。

無添加・減塩にも心がけながら加工食品の開発を続けている池田町の主婦グループ・カモミールの会では、通常5時間前後でパック詰めしている多くの既製品と違って、熱を加え1日半じっくり時間をかけながら発酵させて塩こうじを作り上げます。

この製法により他の塩こうじと比べ塩の使用量を大きく減らした、まろやか味の「塩こうじ」の製品化に成功しました。

有益な微生物がより多く生成・繁殖することによって、多様なビタミンや必須アミノ酸などの酵素が豊富で、うまみ成分たっぷりの「塩こうじ」です。

例えば、この塩こうじを魚にまぶして一晩冷蔵庫に入れてから焼きますと、魚の旨みをより引き出した焼き魚のでき上がりです。もちろん肉、野菜、あるいは豆腐料理などにも使えますし、酢とオリーブ油と和えてマイルドなドレッシングも簡単に作ることができます。

食材をおいしくて栄養満点に変身させ、天然の調味で味を抜群に上げてくれるカモミールの会製作の「塩こうじ」をぜひ一度お試しになってはいかがでしょうか。

塩こうじ」は、安曇野産コシヒカリを使用しています。   

                    塩こうじ            250g   350円(税込み)

* 〔 塩こうじ  〕は、ハーブスクエアで通常販売しているほか、通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

 

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