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2012年2月

3月から休業日が変わります

3月からハーブスクエアの定休日が変わります。

現行の水曜日定休に加え、新たに第2、第4火曜日を休日とさせていただきます。
これにより第2、4火、水曜日が連休となります。

ご来店いただきますお客様、通信販売でご利用の皆さまにはご不便をおかけすることになりますが、なにとぞご理解賜りますようお願い申し上げます。

* その月の1日が第1水曜日の場合は、第1火曜日が7日となりますが、7、8日を連休とさせていただきます。(2012年8月が、これにあたります)

* なお、営業日カレンダーがホームページの「アクセスと営業日」ページに掲載してありますので、ご確認ください。

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安曇野は行きつ戻りつの春模様です

安曇野もここのところ三寒四温を思わせるような気候が続き、春の兆しを少しだけ感じさせる日があったのですが、25日未明から降り続いた雪で冬景色に逆戻りです。

ハーブスクエア周辺の山麓一帯は、積雪量が10cmほどになりました。

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この降雪以前は、今年になって初めて最高気温が二桁の10℃を超す日があったりして根雪も融け始めガーデンも地肌が見えてきていたのですが、再び雪に隠れてしまいました。

この時期の雪は湿り気をたっぷり含んだ重い雪になります。いつものことと言えばいつものことなのですが、雪掻き作業も倍の労力が必要となります。

その後も気温が上がらず「冬が戻って来た!」感がする安曇野です。

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今年の冬は例年にも増して雪の降る日や厳しい冷え込みの続く日が多く、春まだきの感も強いのですが、穂高神社境内の梅が蕾を膨らまして来ています。

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同じ境内にある紅梅は、すでに花開いたものもありますが、ここのところの寒気でまたしぼみ足踏み状態といったところでしょうか。

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梅が咲きだすと春が近くなっていることを知らせてくれますが、安曇野はこの先も行きつ戻りつの春まだら模様が続きそうです。


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重柳のキツネ~豊科・重柳

むかし、重柳に働きものの喜作という百姓が住んでいました。ある年の五月、朝早くから、ひとりで田植えをしていました。

「もし、もし、おらにも田植えを手伝わせてくんねかい」と、後ろから声がします。振り返ると若くて美しい娘が、田んぼの畔(あぜ)に立っています。

「いま、声をかけたのは、おまえさんかね。おまえさんのようなきれいな人が、こんな泥のなかにへええると(入ると)、真黒になって取り返しがつかなくなるじ」と、喜作がいうと、娘は「そんなこと、かまわねえわい。おらは、田んぼのしごとが好きだで」というなり、着物のすそを上げて、田んぼの中に入ってしまいました。

           127(田植えを、しのに手伝ってもらった喜作の田んぼは、やがて稲が青々と育ったことでしょう)

そして、苗をとても上手に、手早く植え込んでいきます。喜作は、今日中には、とても終わらないと思っていたのに、娘の手助けでみるみるうちに済んでしまったので、とても喜びました。「なんにもねえが、おらんちで夕飯でも食っておくれや」と、娘を家に連れて帰りました。

喜作が田植えの道具を片づけて、さて夕飯の用意をしようと家に入ったとたん、びっくりしてしまいました。今まで散らかっていた家の中はこぎれいになり、囲炉裏(いろり)には火が赤々と燃えています。そして、娘は井戸端で喜作のよごれた着物を洗っていました。

「なんと気がつく、手の早い働きものだろう」と、喜作はすっかり感心してしまいました。やがて夕飯になり、ふたりで粥(かゆ)をすすっていると、娘がいいました。「おらの名前は、しのというだ。道に迷ってここまで来ちまっただわい」。そして、はずかしそうに「親もきょうだいもいねえ、一人もんだで、おらのこと気に入ったら、この家においてくれねえかい」といいます。

「おらも見てのとおり、ひとりもんだで、おらほうこそ、おまえさんにいてもらったら、どんなに助かることか…。ぜひ、この家にいておくれや」と、喜作は喜んでこたえました。

          044                         (キツネは、こうしたヨシの茂る中に棲んでいるといわれます)

それから二人は、仲よく働き、何年かが過ぎました。やがて、じょうぶな男の子が生まれ、親子三人は前にも増して、幸せに暮らしていました。

ある日のこと、喜作が田んぼのしごとを終えて家へ帰ってくると、しのは赤ん坊にお乳をやっていました。喜作がなにげなく、その姿を見ていると、しのの着ものの裾(すそ)から変なものが出ていました。よく見ると、キツネのしっぽのように見えます。喜作の驚いた表情に気がついたしのは、喜作の顔を見ることもできず真っ青になりました。

           Photo_4(愛らしい表情を見せるキツネがどうして人をだますと言われるにようになったのでしょうか。=豊科郷土博物館所蔵の剥製標本)

「おまえさん、今日までだましていて、悪かったいね。おら、実はこの辺りに棲んでいたキツネだわい。一度でいいで、人間の暮らしがしてえと思い、おまえさ んのところへ来たが…。おらの本当の姿を見られちまったで、ここで暮らすわけにもいかねえわね。どうか、この子をしっかり育てておくれや」と、しのは涙な がらに言うと、煙のように姿が消えてしまいました。

           117(しのがいなくなってから、喜作は赤ん坊をこうしたつぐらに入れて、農作業をしていたのでしょうか=豊科郷土博物館蔵)

その夜、遅くまで、重柳の村中に悲しげなキツネの鳴き声が、いつまでも聞こえていました。それからというもの喜作は、この赤ん坊を、とても苦労して育て上げました。

この子は、大きくなるに従い、村のために堰(せぎ=農業用用水路)を掘るなどの仕事を、いくつもしたと言い伝えられています。

 

* 『安曇野の民話』(平林治康著)、『 あづみ野 豊科の民話 』(あづみ野児童文学会編)を参考にしました。        

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メディカルハーブ-24   ラベンダー

ハーブといえばラベンダーが思いつくほど誰でもが知っていて人気が高いハーブの一つです。「香りの庭の女王」の異名を持つすばらしい香りと花色が、人々を惹きつけるのでしょう。 

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ラベンダーの名前は、「洗う」というラテン語に由来します。古代ローマでは、公共浴場の入浴剤として使っていたほか、洗濯や衣類の芳香付けとしても使用されていたといいます。

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強い鎮静作用がありますので、イライラするときや不安感があるときに飲むと気持ちが鎮まり、リラックスできて不眠にも有効です。

頭痛や生理痛、ストレス性の高血圧、あるいは口臭や腹痛を緩和して、お腹にガスが溜まっているときにも効果があります。

◆ 和名     真正ラベンダー

◆ 学名     Lavendula angustifolia (L.officinalis) 

◆ 主要成分  ボルネオール、ゲラニオール、ラバンドゥロール、リナロール、酢酸ゲラニル、酢酸ラバンドゥリル、酢酸リナリル、シネオールなど

◆ 作用     強心作用、強脾作用、駆風効果、殺菌作用、鎮頸作用、鎮痛作用、鎮静作用、消炎作用、血圧降下作用、抗うつ作用、胆汁分泌促進作用、抗ウイルス作用、強心作用、抗けいれん作用、細胞成長促進、殺真菌作用、通経作用、発汗促進作用、瘢痕形成作用、鼻粘液排出作用、デオドラント作用

 

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『 鍾馗さんを探せ!!』 が発刊されました

当ブログでも瓦鍾馗について取り上げていますが、鍾馗さん探しに格好の本が出版されました。
書名は『 鍾馗さんを探せ!! 』で、「京都の屋根のちいさな守り神」の副題が示すように、新しい京都散策の楽しみ方を提案しています。

                                                                                                                                               

千年の都・京都には魔除け、火除け、病気快癒、学業成就を願って、古くから庶民の家の屋根に飾られてきた瓦製の鍾馗。その数、3000体と推計されているそうです。            

京都の町家の小屋根に上がっている鍾馗像に関心をもったビギナーが探索する時、どこへ行けばどんな鍾馗さんに巡り合えるかを11エリアに分けて地図上に落としたエリアマップと、その鍾馗さんの特徴を記しています。

鍾馗さん探しに、こんなに親切で楽しい本が出版されたのは、おそらく初めてになるのではないでしょうか。

著者は三州瓦の産地(愛知県)近くに在住する小沢正樹さんで、6年前に本格的な鍾馗さん探索を始めてから全国を巡って撮影・記録を続けているこの道の先駆者です。歩いた距離は約8,000km、見つけた鍾馗さんは9,500体にのぼるといいます。

ガイド本、入門書としての体裁ですが、コンパクトにまとめられた「鍾馗さんとはナニモノ?」「鍾馗札」「瓦鍾馗の起源」や「花街の瓦鍾馗」など興味をそそるコラム(ミニ知識)も盛りだくさん。しっかり読むと、けっこう “通” になったような気分になれます。

小沢さんは「戦後日本の経済変化は瓦産業にも容赦なく押し寄せ、かつては成立していた地元で地元のための瓦を作る瓦屋さんは現代には生き残ることができませんでした。結果として手作りの味のある鍾馗さんは今もどんどん減っています。(中略) 本書が少しでもその流れに棹差して鍾馗さんの保存につながるとすれば、(中略) 京都の町をひとり歩いて鍾馗さんを記録し続けた私にとって、ほんとうにうれしい限りです」と記しています。

     『 鍾馗さんを探せ!! 京都の屋根のちいさな守り神 』

       小沢正樹著  淡交社刊  1,470円(税込み)

           注文取り寄せは、こちらからできます。

* 小沢正樹さんは、ハンドルネーム「kite」さん名で当ブログにコメントをいただいたり、記事にも登場したりしています。

* kiteさんこと小沢さんは、鍾馗さん探索で信州に数回、うち安曇野に昨年2回来訪されています。その際、kiteさんが発見された鍾馗さんが本書(「各地の鍾馗さん」の項。P119)に収められています。

* 『 鍾馗さんを探せ!!』が刊行されるまでの裏話が楽しめます。こちらから。

* kiteさんのブログには、各地で収蔵した鍾馗さんが満載です → 鍾馗博物館 。また、探索行の記録は→ 鍾馗を尋ねて三千里 で。

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犀川水系の渓流釣りが解禁されました

犀川水系の渓流釣りが16日に解禁になり、この日を待ちわびていたフアンがさっそく訪れ竿を振るっています。

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漁協では毎年16日を解禁日としていて、この日に合わせてニジマス600キロを放流しました。

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例年と比べ厳しい寒さが残る中、17日もしっかり防寒着で身を包みポイントを変えながら魚の引きを待つ釣り人たちの姿が見られました。

釣りが楽しめるのは日の出から日没までですが、人気の釣り場には県内外から日の出前から多くの釣り人が押し寄せ、思い思いのポイントで糸を流しています。

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これまでのところ、フライやルアーよりもブドウ虫やイクラでの餌さ釣りの釣果がよいといいます。

そして、本流よりも川幅の狭い支流域の緩やかな場所で数がでているということです。

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このあと、犀川水系では5月初旬にヤマメを放流する予定で、9月末日まで釣りが楽しめます。

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遊漁料は日釣り券が1000円(現場券は1700円)、年間通し券が6300円で、釣具店やコンビニで買えます。

くわしい問い合わせ先は、犀川漁業協同組合(℡0263・62・2022)です。

 

 

 

 

 

 

 

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安曇野の鏝絵-9  縁起物~鶴と亀(2) 

似た図柄を描いても同じものを作らないという職人気質を見せつける作品が、この村にも残っています。

いずれも安曇野近くの東筑摩郡山形村で見ることができます。

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鶴を蔵に描いた鏝絵です。鶴は言うまでもなく縁起物として、よく用いられる吉祥文様です。

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まず雲水を背に飛ぶ鶴の下に波涛が逆巻き、2匹の亀が遊んでいます。

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別の蔵にも同じ文様が描かれています。

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よく見ると、雲水、鶴、波、亀が少しずつ違っているのが分かりますか?

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同じ蔵の窓下に描かれた白浪ですが、このデザイン、優れて意匠化されているように見えますがいかがでしょうか。

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同じ姿で天空を飛ぶ鶴です。縁起の良い梅花に囲まれています。

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こちらは長寿のシンボルとして用いられる亀が一匹です。

同じ鶴をテーマにしても、図柄の違いを描く左官職人の面目躍如といったところでしょうか。


* 安曇野とその周辺で見ることができる鏝絵を「安曇野の鏝絵」として紹介しています。

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いま新しく彩色された道祖神が見られます

安曇野は道祖神が多いことで知られ、その数500体を超えるといわれます。

言うまでもなく道祖神は石像ですが、中には絵具で鮮やかに彩色されたものを目にすることができます。安曇野一帯で、なかでも穂高地区に集中しています。

これは、道祖神が建っている地域の子どもたちが集まり色を塗ったものです。多くの地域で2月上旬の週末に執り行われているようです。

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安曇野穂高の田中地区でも、先だって小学生までの子どもたちが集まり彩色する「道祖神祭り」と呼ぶ伝統行事がありました。

昨年放映されたNHKの連続テレビ小説「おひさま」でも、東京から安曇野に引っ越してきた主人公の陽子が、道祖神祭りに参加して村の子どもたちとうち融けていくシーンがあり、覚えている方たちもおられると思います。

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昭和8(1933)年頃の時代設定でしたね。

田中の道祖神祭りでは、手作りした紙花をマサキの枝に飾りつけ大太鼓を鳴らしながら集落の全戸に配って回り、道祖神にも飾り絵具で彩色しました。

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これが今年彩色された道祖神です。細部は上学年の子どもが担当し、みんなできれいに塗り上げます。

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像の裏に刻まれている文字にも色付けします。

「文政七年」(1824年)で188年前に作られた道祖神です。ちなみに文政年間は、浮世絵師の葛飾北斎や南町奉行・遠山金四郎が活躍していた年代になるそうです。

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絵具やポスターカラーを使っての彩色で、雨や雪で一年経つと色褪せますので、毎年彩色します。

こちらは、本郷の道祖神です。彩色が新しいので、ここも最近色付けされたのでしょうか。天保4(1833)年の作で、鳥居の下で男神と女神が手を握り合っています。

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隣りに建っている二十三夜塔も塗られ、熊手の飾りものが添えられています。

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ここも最近、道祖神祭りを行ったのでしょうか。飾りつけがそのまま残っています。

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穂高矢原にある道祖神です。こうして道祖神に彩色する行事は、この時期が多いようです。

それは「事八日(ことようか)」に関係するのではないかという説があります。

神無月(旧暦10月)になると、全国から八百万(やおよろず)の神々が出雲大社に大集合します。その村に居着いた疫病神も疫病事を詳しく記した巻物を道祖神に預け出雲へ出かけますが、事八日(2月8日)になるとお勤めを終えて戻ってきます。

しかし、道祖神は疫病神から預かった巻物を返さず「小正月の日に三九郎(どんど焼き)の火で燃やされてしまった」と方便し、村人を疫病から守ったことに因むというのです。 

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事八日の伝統行事が松本市の里山辺、入山辺地区に残り国の選択無形民俗文化財に指定されています。

2月8日の事初始めに藁で馬、龍、ムカデなどを編み、疫病神、風邪の神、貧乏神に見立てて集落の外れに送りだし、その年の無病息災を祈る行事が現在も続いています。

彩色は道祖神だけではなく、いろいろな石像に施されます。

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田中の別のところにある青面(しょうめん)金剛像も…

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上原の青面金剛も彩られています。

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こちらは、道祖神とともに彩色された大黒天や恵比寿で、本郷にあります。  

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矢原の祠に祀られている大黒天、毘沙門天、弁財天が刻まれている珍しい石像です。 

この石像や下の青面金剛像は、色使いも豊富で細かく色分けされています。研究家によると、これらは彩色する材料が入手できなかった頃、穂高人形師のような専門家が顔料で彩色したものだといいます。

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江戸時代の中期にあたる「享保十六年」(1731年) の制作銘のある青面金剛像が等々力地区にあります。

この年の冷夏よってイナゴやウンカなどの稲にとっての害虫が大発生、壊滅的な被害に見舞われた「享保の大飢饉」の年です。西日本を中心に250万人強が飢餓に苦しみ、1万2千人の餓死者がでたということです。

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ところで、道祖神などの石像の裏手に「帯代十五両」などと刻まれていることがあります。

疫病の流行もなく、農作物の実りもよい村から道祖神を「道祖神の嫁入り」と称して盗むという風習が、その昔あったそうです。繁栄する集落にあやかりたいということなのでしょう。

盗まれる側では、石に帯代=結納金として十五両置いていけと予め掘ったそうです。なんとも、嫁入りにしても帯代にしてもユーモアのある話ではありませんか。

上は本郷の恵比寿、大黒天の帯代で、下は上原の道祖神に刻まれています。

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盗まれることを嫌った集落では持ち運びできないほどの大きく重い道祖神を作ったり、屋根と柵付きの祠(ほこら)に祀ったりしたそうです。

 

 


 

 

 

 

 

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信州の瓦鍾馗を探して-8  古民家にあった眼光鋭い鍾馗さん

秋も深まり、柿の実も熟れて来た頃、明科中川手で新たな鍾馗さんに巡り合いました。

かなり大きな母屋の大棟にありましたが、屋根の傷みも目立って来ているようです。

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外にいた家人の話では、嫁いできた50年前には上がっていたとのことですからこの家とともに時を刻んできた鍾馗さんです。

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この鍾馗さん、意外とリアルな姿で表されていて着物の裾がめくれ、足が覗いています。

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独特の剣を手にしながら、怒髪、目の鋭さ・輝き、口は大きく「へ」の字に結んでいます。左手のストップモーションポーズにも悪霊を寄せ付けない力強さが感じられませんか。

 

明科では、別の地域(東川手)でも2体と出合いました。

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こちらは現代の新しい大きな家の大棟にあった鍾馗さんです。

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最近は屋根にソーラパネルを設置する家も多くなってきていることから、鍾馗さんが隠れてしまうケースも増えてきました。

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家人の話では、以前は潮沢という山間地に居住していたそうですが、そのころから屋根に上がっていたもので、代々継がれてきた瓦鍾馗を移転新築した際に魔よけとして上げたということです。

移動の際に欠損したのでしょうか、刀剣が途中で折れているのが惜しまれます。

遠くで分かりづらいのですが、古物であることは分かります。(この鍾馗さんは兄弟鍾馗さんの記事でも登場しています)

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こちらは、捕えた小鬼をまたいで懲らしめている鍾馗さんです。同じ町内にありました。型入れで量産されている飾り瓦ですが、長野県内ではこれまでに目にしていないものです。


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栄養満点の米麹でおいしい甘酒や塩麹を作ってみませんか

いま、日本古来の発酵食品 ・米麹(こめこうじ)の栄養価が見直され、食生活に積極的に採りいれるご家庭が急速に増えています。

そこで今日は、農家の主婦たちが安曇野産コシヒカリで作った良質の「米こうじ」をご紹介いたします。

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わたしたちの周りに味噌、醤油、納豆、あるいはパン、ヨーグルトやチーズなどさまざまな発酵食品があります。人の身体に有益な微生物が繁殖することによって独自のうまみ成分が作られ、元の食材になかった豊かな風味や香りが加わり食生活に欠かせない発酵食品ができあがることは、ご存知の通りです。

発酵して有益な微生物が一定数以上増殖することで保存が利く状態になりますし、発酵の過程で多様な栄養成分が新たに生まれます。

米麹は、ビタミンB群をはじめとする各種のビタミン類、必須アミノ酸を豊富に含みます。

栄養価の高い米麹を使って簡単にできる甘酒や塩麹などを作ると、この米麹の持つ発酵パワーに驚きます。

米麹で作る麹甘酒は、麹菌の作用でできるブドウ糖が砂糖と違った天然の甘さを作り出しますので、トロリとした舌触りとさっぱりした後に残らない甘さを楽しむことができます。

また、いま大人気の塩麹も米麹に塩と水を加えるだけで簡単に作ることができます。

米こうじ」は、農作物の加工研究を続けている池田町の農家の主婦たちが地元産コシヒカリを使用して作り上げたものです。おいしい甘酒や塩麹のレシピが添付されています。

      米こうじ            600g   525円(税込み)

* 〔 米こうじ  〕は、ハーブスクエアで通常販売しているほか、通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

 

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行人さま~豊科・真々部

むかし、真々部(ままべ)に旅の行者がやってきました。富山から飛騨に抜け、高い山々を越えて真々部の地にたどりついたといいます。

行者が念仏を唱えながら村の道を行くと、村の人たちは、みな畑仕事の手を休めて声をかけてきました。「おらとこの子どもが、咳が止まらないだいね。咳止めの薬は、ねえかいね」。

行者は、肩にかけた袋から薬草の包みを取り出し「それは苦しいだろうに。これを煎じて飲ませなされ。続けて飲ませればきっと良くなる」といって、分けてあげました。

                  141 (行人さまが、摘んだ薬草をいれた袋は、こうした編み袋だったのでしょうか=穂高郷土資料館蔵)

田の畔で、お年寄りが「背中が痛てえで、ちっとも働けねえ。弱ったこんだいね」と困っていると「この貼り薬をはって、動かさないでいなされ。じきに痛みが取れるでしょう。無理をせんようにのう」。

また、行者から借りた急須(きゅうす)でお茶を飲むと、どんな病気にもよく効くとのうわさも広がり、病気が良くなったときには、お礼に急須を二つ返すようになりました。こうして行者は、村の人たちから慕われるようになりました。

ある時、雨が続き川があふれて、田畑が水に浸かりそうになりました。村の人たちは、木の根っこや土袋を積んで、水の入ってくるのを止めました。行人さまも一緒に、雨の中で土袋を土手に積み上げました。おかげで、水を食い止めることができ、稲も濡れずにすみました。

「行者なんて言わねえで、行人さまって呼ぶじゃねえかい」ということになり、庵(いおり)を建てて行人さまに住んでもらうことになりました。

     193(行人さまを祀った社は『根誉行人』の額が掲げられ、西を向いています。西方浄土の考えに基づいているといわれています)

ある年、悪いはやり病が、村を襲いました。行人さまは夜も寝ないで、病人をみてあげました。「わたしが祈っているので、病はじきに良くなる。さあ、安心なされ」と、病人の手をにぎり、励ましました。けれども、はやり病には、どんな薬も効きませんでした。「なんとかして、お父の命を救ってもらえねえかいね」と、子どもは行人さまに真剣なまなざしで頼みました。

行人さまには、心に決めてきたことがありました。それは、自らが生き仏になって、これまで世話になった人びとの幸せを祈ることでした。みんながはやり病に苦しんでいる今が、その時だと思いました。

行人さまは、村の人たちに集まってもらいました。「わたしは、村の衆が、これからも病気や災害で苦しむことのないように祈り、生き仏となります」。

そういうと念仏を唱えながら、掘ってあった穴の中に入りました。「わたしが念仏を唱えて、鉦(かね)をたたいている間は、竹筒からお茶を注いでくだされ。頼みます」。集まった村の人たちは、涙を流しながら竹筒にお茶を注ぎました。

           195(お堂の前に大きな急須が飾られ、台座にも埋め込まれています。行人さまから借りた急須でお茶を飲むと、どんな病気も平癒したという言い伝えを物語るかのようです)

穴の中から七日七夜の間、鉦の音と「なむあみだぶ、なむあみだぶ」と、念仏を唱える声が聞こえました。集まった村の人たちは、涙を流しながら竹筒にお茶を注ぎました。八日目には「チリン、チリン」と鳴っていた鉦の音も聞こえなくなりました。

行人さまの亡くなったあとに、人びとは祠(ほこら)を建て、桜の樹を植えました。いつのころからか、お堂も建てられ、お参りする人が絶えませんでした。

     194(行人さまを偲んで建てられたお堂。昭和の初めに行人さまを慕う村民感情が爆発的な勢いをもって起こり参詣する人々が絶えなかったということです。この裏手に祠があります)

真々部の人たちは、行人さまの徳をしのび、今もお堂の掃除を欠かさず、周りに花を植えて大事にお守りしているということです。

 

       * 『 あづみ野 豊科の民話 』(あづみ野児童文学会編)を参考にしました。

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気温が上がり、氷や雪が融けましたが…

安曇野も平年と比べ、 厳しい寒さと降雪の多い冬となっています。ハクチョウが越冬する御宝田遊水地や狐島・冬水田んぼも、先月下旬から結氷しました。

ハクチョウの世話をしている「御宝田白鳥の会」では、日中も数羽のグループに分かれて飛翔するハクチョウの姿も少なく、氷が張ったことで動きが鈍くなっているのではないかと心配していました。

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しかし、6、7日にかけてこの時期としては珍しく気温が上がり、雨が長時間降ったことから雪がすっかり姿を消しました。

結氷も融け、ハクチョウも元気を取り戻したようです。安曇野に飛来するハクチョウも日本海側の大雪が影響してか、ここに来て一気に数を増やしました。4日現在で、すでに1,000羽を超しています。

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安曇野周辺の平地の雪はほとんど消えましたが、大町市まで行くとうっすらと雪が残り、山間地の美麻地区はまだまだ深いところがあります。

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美麻地区には昔ながらの木製の火の見櫓が残っていますが、北風の吹き荒ぶなかしっかりと足を据え、地域の安全を見守っています。
この火の見櫓、年内に新たに建て替えられる予定になっているということです。

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近くに水車小屋があり、冬期間は凍りつくことから運転を中止していますが、藁葺き屋根の積雪が溶け出したくさんのつららを作っています。

しかし、このまま春へとまっすぐ進むかというと、そういうわけにはいきません。まだまだ降雪はありますし、最高気温が氷点下以下の真冬日もしばらく続く日があります。

この冬の厳しさが、今年の農作物の出来に好影響をもたらしてくれるとよいのですが…。

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安曇野の鏝絵-8  縁起物~鶴と亀(1)

安曇野周辺でよく見かける鏝絵として、鶴と亀があります。

「鶴は千年、亀は万年」といいますが、縁起のいい長寿シンボルとして飾られているものです。

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松本市四賀の山深い集落にあった鶴です。

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三郷・温(ゆたか)で見た鶴が飛翔している姿を抽象化した図案です。

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なにか文字に擬しているのでしょうか。

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松本市梓川の蔵にいた亀です。

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ところで、亀は厳しい表情の顔で首と脚が長く描かれていることがあります。

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昭和58(2007)年、キトラ古墳で発見された壁画の中に、そんな姿の亀に蛇がからんでいるものがあることが判明しました。これは「玄武(げんぶ)」と呼ぶ北方を守護する聖獣で、道教の教えから描かれていることが分かりました。

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穂高新屋の蔵に描かれている亀も玄武風ですが、蛇の姿も見えませんのでこれを描いた左官職人が玄武を意識したのかどうかは分かりません。     

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三郷・北小倉で見かけた亀は、金と銀の混合色で彩られていました。 

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ところで、亀の祖先は恐竜が地球に登場した2億2千年万年前まで遡れるということです。中国で発見された体長40㎝ほどの化石から分かったということです。

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鶴と亀が一緒に描かれているものもあります。

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堀金・中堀の蔵には鶴、亀に、松とさざ波が加わっています。

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筑北村乱橋大門の妻面にも同じ図柄が描かれていました。

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真新しい漆喰蔵と鏝絵です。

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* 安曇野とその周辺で見ることができる鏝絵を「安曇野の鏝絵」として紹介しています。

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花粉の飛散量が少なくても、油断はできません

環境省が昨年暮れに発表した今春のスギ、ヒノキ花粉の飛散量の予測は、「全国的に例年並みかやや少なくなる見込み」といいます。記録的な飛散量となった昨春と比べると、50%未満とも。スギやヒノキにアレルギーのある方は、ホッと胸をなでおろしているかも知れません。

しかし、飛散量が半分でもアレルギーの症状が半分にはならないのです。専門の研究者によると、症状が半減するには飛散量が10分の1程度にならなければならないといいます。

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また、飛散量が少ないと言っても、飛散していることには間違いありませんし、風向きによって飛散する時間帯が通勤・通学時であったり夜であったりしますので、まったく油断はできません。

不快な症状が出た時には、ブレンドハーブティー「健康-21 かふん・たいさく」をお飲み下さい。ク シャミを連発したり、止めどなく流れ落ちてくる鼻水も、このハーブティーを飲みますと、まもなくびっくりするほど軽くなります。

目のかゆみも、やがて軽 減します。また、なんども鼻をかんだことによって傷んだ鼻の下の修復を手助けします。このシーズンを苦にすることなく乗り切ることができます。

かふん・たいさく」は、抗アレルギー作用、抗炎症作用、皮膚の修復効果などをもったハーブをブレンドしていますので、花粉症の症状を緩和することができるのです。

花粉症に悩まされている方、ぜひ一度お試しになってみてください。ハーブが持つ天然の恵みで、このうっとおしい季節を乗り切って下さい。

      「健康-21 かふん・たいさく」は、90g入りで1,785円(税込み)です。

*「健康-21 かふん・たいさく」は、 ハーブスクエアで通常販売しているほか通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

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信州の瓦鍾馗を探して-7   4方位を睨む鍾馗さん

晩秋のある日、安曇野市明科・押野の道を走っていました。

よく通る道なのですが立ち木がその家を隠し、道沿いからは屋根の上がよく見えません。走っていた時、立ち木の切れ目から、からくも屋根上が望めました。「何かある」と気づき、車から降りてよく見える位置を探して見てみると…。

鍾馗さんが、4体も上がっているではありませんか。

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一体ずつ東西南北の方位に向けて飾られています。

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北東方角が鬼の出入りするところ、すなわち鬼門として忌み嫌い、その反対の南西の方角も裏鬼門として、これらの方角に鬼を退散させる鍾馗さんを上げている家があります。

しかし、この宅の鍾馗さんは鬼門でもなく裏鬼門でもありません。4方位に鍾馗さんを置き、鬼の侵入口を完全に遮断しようというのでしょうか。

上が北側に載っている鍾馗さんです。

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こちらは、玄関の上、西に向けて上がっています。こうみると、顔の表情、顎鬚の状態、着衣、腰紐の結び、腕の位置などは、ほとんど変わりません。

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同一の鬼師が、修練のため同じタイプの鍾馗さんを数多く作ったということでしょうか?
袖口から覗いている腕もかぼそく、たくましい鍾馗像からかけ離れている感もするのですが…。

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東の方位を向いている鍾馗さんは、大棟に隠れてここまでしか姿が見えません。

さほど制作技術が高いとは思えない素朴系の鍾馗さんです。4体のうち2体は刀剣を持っていますが、後の2体の剣は折れています。

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