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信州の瓦鍾馗を探して-1  瓦鍾馗の分布

最初に瓦鍾馗とわたし(ブログ管理人)の関わりについて、簡単に述べたいと思います。

わたしは寒さの厳しい北海道で生まれ育ち、やがて親元から離れ長く東京で生活してきました。50歳を前に土に関わる仕事をしたいとの思いを抱き、一念発起し安曇野に移住してきました。

           022                       (安曇野市穂高矢原)

その後、新たな仕事と生活に追われながらも、安曇野の自然が織りなす四季の光景の中で心を満たして来ていました。仕事も一応、思い描いていた形になってきたかと気持ちに余裕がでてきたある日、周囲に目をやったとき目に飛び込んできた屋根瓦の美しさに驚きました。

瓦屋根のなかった北海道や東京では得られなかった新鮮な感動でした。

     Img_1625                    (安曇野市豊科・高家) 

「どうして、これまで気がつかなかったのだろう。ふだんから目にしていたはずなのに…」と思いながらデジカメで撮りまくり、始めたばかりの当ブログに「安曇野の屋根瓦」として連載を始めました。その中に瓦鍾馗についても2回にわたって掲載しました。

     023                    (安曇野市穂高・白金)

それが、瓦鍾馗の研究を続けているkiteさん(愛知県在住)の目に止まり、さらにkiteさんを師と仰ぐおとんさん(大阪府在住)とも知り合うようになりました。その後、お二人は安曇野の瓦鍾馗を見るために遠路、カメラを携えて訪ねて来られました。

           Img_0501                    (安曇野市豊科・高家)

その熱心な姿に感銘し、この地域の瓦鍾馗をもっと探しておきましょうと約したのが、瓦鍾馗を探すきっかけでした。

その後、さらに瓦鍾馗を卒論テーマにしたnaoさん(山梨県在住)という女性が現われ、ある時は二人で連れだって、ある時はそれぞれ単独で長野県内の鍾馗さんを探訪するようになりました。

           Img_0798                    (安曇野市豊科・田沢)

naoさんは、瓦鍾馗研究の第一人者・服部正実さん(京都府在住)に師事し卒論を書き上げたということで、服部さんともつながりができました。

この秋には、皆さんと2回目の信州の瓦鍾馗巡りも行いました。こうして鍾馗さんに魅せられ、少しずつのめり込んできました。

粘土に向かい「へら」と呼ぶ数本の道具を巧みに使い、名もない職人が作り上げた瓦鍾馗。その多くが百年の時を越えて、信州の厳しい風雪に耐え屋根の上で庶民の家々を守ってきた姿に巡り合うと、新たな感動すら湧いてきます。

     148                    (安曇野市豊科・豊科)

ところで、長野県内の瓦鍾馗は、これまでは佐久市、小諸市、上田市、長野市で散見される程度で他地域では見られないという情報が雑誌やネットで流されてきまし た。

こうしたことから、信越本線(現在は、三セク・しなの鉄道)が開通した明治26(1893)年後に鍾馗を飾る生活文化が信州にも入って来たのではないかという説もあります。

     090                    (松本市四賀・会田)

しかし、これまでに当ブログで掲載してきたように善光寺街道の宿場や街道筋にも瓦鍾馗の古物は代々屋根に上げられていますし、安曇野のように主要街道から離れた地域や国道19号沿いでも数多くの年代ものの鍾馗さんを発見してきました。

これまでのところ、わたしたちが見かけた瓦鍾馗の数(平成23年11月21日現在)は、安曇野市内だけでも47体にのぼります。市外では今のところ49体になります。

これは、鬼師と呼ばれる特別な技術を持った瓦職人が手びねりした一品もので、型抜きの量産された最近のものを除いた数になります。     

     Img_2541                    (安曇野市穂高・有明)

鍾馗さんが屋根にあがっている宅の聞き取りでは、有に100年を超えて屋根に載っているという話も数多く耳にして来ました。

江戸後期の文政年間に瓦業の営業を藩に願い出た古文書や明治元年に瓦屋を創業したという記録なども目にして来ました。

           Img_3234                    (松本市四賀・会田)

信州でも古くから瓦業が興り、西国の鍾馗を屋根に飾る風習が伝わりこうした生活文化が一時盛んになったことを物語ります。

そうなると、これまでに流布してきた「散見・信越本線」説はその根拠を失うことになります。   

           019                     (安曇野市堀金・中堀)

kiteさんは、「これだけ鍾馗さんや他の飾り瓦が(信州の)各地で見つかっているのですから、19号沿いやさらに離れた場所でも未知の鍾馗さんが今後も見つかると考えた方が自然ですね」とアドバイスしてくれました。

     Img_3108                    (安曇野市三郷・中萱)

これまでのところ、人が行き交う街道筋の宿場に京都などから鍾馗を屋根に飾る生活文化の話が伝わり、さらにその情報が信州各地に伝播するとともに、粘土が産出し瓦業を営んでいた各地の瓦屋に三州からの渡り職人が制作技術を教えたことが相まって信州各地に瓦鍾馗が上がっている由来ではないかと考えていますが、これからの探訪結果や聞き取りなどを終えてからでないと断定できません。

           Img_3391                    (安曇野市豊科・新田)

これまでに発見した瓦鍾馗でまだ当ブロクに掲載していないものをご紹介するとともに、今後新たに目にした場合、その都度ご紹介していくことにしたいと思います。

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