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連ドラ「おひさま」にでてきた安曇野の風景(24)~水草

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。


満蒙開拓団の一員として夢抱いて渡満した川原が帰還、心身ともに大きく傷ついていました。川原の身を案じた夫の和成に促されて、川原の消息を追う陽子は安曇野に来ました。    

探しあぐねて水草が浮かぶ川べりに来たところ、「月の沙漠」を奏でるハーモニカの音色が…。

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川原功一でした。

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戦死した長兄・春樹の学友であった川原が遊びに訪れた10数年前、陽子の前で奏でてくれたのと同じ音色でした。陽子が初恋を意識したきっかけでしたね。

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満州国は、日本が侵出した大陸での権益を守るため、清朝最後の皇帝・溥儀(ふぎ)を執政に据えたいわば傀儡(かいらい)国家だったということが歴史上の定説になっています。

川原は昭和14(1939)年の正月、所帯を持つことを約した女性・タエとともに「王道楽土」を求め、それを「自分の目で確かめたい」と大きな夢を描いて渡満しました。

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満州開拓移民の総数は27万人とも、32万人ともされます。終戦間際になってのソ連の参戦で満州にいた日本人開拓団は大混乱に陥り、ほとんどが国境地帯に取り残され日本に帰国できたのは11万人あまりだったといわれます。

「(満州は)なにが新天地だ、なにが日本の未来だ。俺が(タエを)地獄へ連れて行ったようなものだ」と自責の念に苛まれていました。

川原は詳しくは語りませんでしたが、タエをなくし傷心のまま、そして命からがらの帰国だったようです。

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甲府の実家も空襲に遭い、家族をみな失ったとも。「なにが新しい社会だ、この国の連中は(辛かったこと、悲しかったことを)忘れすぎだ!」と強く憤りました。

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この陽子と川原の再会の場面は、水中の水草がはっきりと見える明科中川手の犀川遊水池にある親水公園「水辺の楽校」周辺で撮られています。

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冬になると、シベリアからの白鳥が飛来する池がある場所と道を一本挟んだ地点になります。

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冬鳥たちの撮影に訪れるカメラマンたちや見物者でにぎわう遊水池も、オフシーズンの今は閑散としています。   

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自然体験交流センター「せせらぎ」の施設があり、周辺には湧水が流れ、さわやかなひと時を過ごせる場所です。

毎夏、この親水公園を会場に河川愛護団体や釣り愛好家団体などが、親子を対象としたカヌー教室や川釣り大会などを開き、自然の中で遊ぶことを通して水辺の環境に関心を持ってもらう取り組みを行っています。

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水も清らかで、年間通して水草が生息しているのが水面から見ることができます。

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陽子と和成は、久しぶりに二人だけの時間が持てました。このシーンもこの川縁で収録されました。

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すでに「おひさま」の収録はクランクアップ(8月23日)していて、放映も10月1日までの予定になっています。

このあとドラマはどんな展開になっていくのでしょうか、楽しみは尽きないですね。

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