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安曇野に架かる橋(7)~ひときわ目を引く朱色の穂高橋

安曇野市穂高の北側を、穂高川が東西に横切る形で流れています。ここに朱色に塗られたひときわ目立つ「穂高橋」が架かっています。

穂高橋は、昭和31(1956)年にコンクリート橋が竣工しましたが、昔は北国脇往還道が通っていて渡しがありました。往来を確保する私渡舟が交通の便でしたが、明治17(1884)年になって木橋が架けられました。

その後、洪水などで流されたため、4度改修を繰り返しましたが、昭和7(1932)年になってコンクリート製の永久橋になっています。

現在の穂高橋は、松本市~安曇野市~大町市を結ぶ国道147号上の鋼製トラス橋です。

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安曇野市内で、この国道とJR大糸線がほぼ平行して走り、穂高川の辺りで最接近します。ですから車に乗っていても、電車に乗っていても互いの橋を見ることができます。

大糸線の橋は「穂高川橋梁(きょうりょう)」と呼び、緑色に彩色されています。

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どちらも全長192㍍余りになります。国道と大糸線は、この先の土場の手前で交差します。

穂高橋ができた当時、この橋の工事の模様を地元の画家・征矢野 久(そやの ひさ)さんがスケッチして水彩画で残しています。

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征矢野さんは「穂高、有明間に架かる橋が老朽化したため、全面的にコンクリ化し、現在の橋となった。当時、ほとんど車が通らなかったため、巨大な橋に見えた」と語っています。

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穂高川は、有明山に源を発し中房川を形成し有明で乳川(ちがわ)を合わせ穂高川(別名・乳房川)となり、さらにこの穂高橋のすぐ近くで烏川と合流して流れ、白鳥が飛来する明科中川手(御宝田)で犀川と一本の川となります。

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