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連ドラ「おひさま」にでてきた安曇野の風景(15)~陽子が立った台所

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。


陽子は尋常小学校に通っていたころ、母を亡くします。ドラマでは、その後、家族の食事を一手に引き受け、父親や二人の兄たちの弁当まで作る頑張りやさんとして描いています。

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ですから日々の食事はもちろん、次兄が予科練の試験に臨む日はカツ丼を、正月にはおせち料理を、さらには信州には欠かせない野沢菜なども食卓に上りますので野沢菜も漬けたのでしょうか。     

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自らの勉学にも励まなければならないわけですので、朝食から昼の弁当、帰宅してからの夕食の支度と、まさに主婦に劣らぬ奮闘ぶりです。

それでいて愚痴をこぼすわけでも不満を述べることもしません。「太陽の陽子ですから」と明るく振る舞うのですから、驚きです。    

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そんな陽子が立った台所を彷彿とさせるところがあります。国営あづみの公園内にある「あづみの学校」に、調理などで煮炊きをする竃(かまど)が再現されています。

上の3枚のテレビ画面から撮った写真に、大きな蓋(ふた)をした釜が映っていますが、釜が乗っている竃を正面から見ると、このような具合です。

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竃は土で作られたものが多いのですが、石やセメントで造られるものもありました。

今ではほとんど見ることはできなくなりましたが、昭和20年代頃までは電気やガスの器具が普及していなかったこともあり各家庭に普通にありました。この竃に薪や炭を燃やし、ご飯を炊いたり汁物や煮物などの調理に欠かせない設備でした。

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陽子が嫁いだ蕎麦店「丸庵」の調理場にも竃が設置されていました。

嫁いだ日、陽子は和成から竃を含めた調理場を案内されましたね。

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調理の準備ができれば居間で、囲炉裏を使います。上から垂れ下がっている自在鉤(じざいかぎ)に鍋や鉄びんを吊るし保温などに使用しました。

陽子がお椀に盛っている味噌汁は、湯気が立っていておいしそうですね。 

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少し古い作りですが、穂高有明の国重要文化財に指定されている曽根原家住宅に囲炉裏と自在鉤を見ることができます。

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穂高郷土博物館には、昭和のころの囲炉裏風景が再現されています。

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自在鉤も展示されています  

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自在鉤で火からの高さを変えて、湯沸かしや調理の火加減を調整します。郷土料理店や居酒屋さんでも囲炉裏や自在鉤を設置しているところがありますね。

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そういえば、陽子の父は頑張りやさんの陽子に女学校時代に履いていたくたびれた靴に変えて、新調した靴を師範学校へ向かう時プレゼントしましたね。         

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一緒に暮らしていた兄の茂樹は予科練へ、やがて陽子は嫁ぎ、残された父・良一が一人暮らしていた須藤家。その良一も徴用され名古屋へ赴きます。

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誰もいなくなった須藤家の台所と居間。戦争で家族が離れ離れに暮らすことを余儀なくされた家庭の時代が描かれていました。

* ドラマの撮影用に造られた須藤家のスタジオセットが、こちらで見られます。

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