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2011年5月

連ドラ「おひさま」にでてきた安曇野の風景(10)~陽子の父が勤めていた工場

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。


ドラマでは病弱な妻の療養のため、東京から水、空気、緑のきれいな安曇野に引っ越ししてきた須藤良一家族。しかし、介護の甲斐なく妻・紘子は、他界します。

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引っ越ししてから半年後の、昭和8(1933)年の春でした。

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良一は、それから3人の子どもたちを男手ひとつで育て上げます。

その良一の仕事は、東京にいた時は航空機開発に携わる研究者、安曇野に移住してから製糸工場へ勤務し、後にそこの工場長になりました。

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日本は明治時代の富国強兵の国策の下、養蚕、製糸業が急伸し、明治の末期には全世界の生糸輸出量の半分を占めたという歴史があります。

なかでも長野県は養蚕・製糸業が盛んで、昭和の初めまで蚕糸王国として全国にその名を轟かせたといいます。

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昭和9(1934)年、下諏訪町で生産を始めた旧昭和興業製糸場の跡が「松本歴史の里」に動態保存されていて、当時の製糸工場の様子をうかがい知ることができます。

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製糸工場で働く労働力の9割は女性で、10、20代の女性が担ったといわれます。

労働も苛酷で、寮生活で食事も満足なものが与えられず睡眠時間も5時間程度で早朝から夜遅くまで働かされたといいます。
そうした実態が『女工哀史』(細井和喜蔵著、岩波文庫)に詳述されています。    

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昭和4(1929)年の世界大恐慌のあおりで生糸市場の大暴落、製糸工場の倒産が続き、同10年ころから製糸産業は衰退の一途をたどります。

安曇野(旧安曇郡下)では、廃業に追い込まれたのが5工場、残った工場は9となったという記録があります。父・良一が勤務していた製糸工場はどうだったのでしょうか。

蚕糸に変わったのが、化学繊維のレーヨン(人絹、スフとも)や紡績でした。製糸は蚕の繭から取った生糸を撚って絹織物の原材料の繰り糸を作りだしますが、紡績は綿や麻の繊維を原料に糸を作ります。

その製造工場の呉羽紡績豊科工場(後に東洋紡績豊科工場)が、昭和12(1937)年に誕生しています。下の写真はその本部棟で、今も当時のまま残っています。

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操業最盛期には、ここで800人の人たちが働いていたといいます。

有能な良一ですから、紡績工場に迎え入れられたのかなと想像していましたが、脚本を書いている岡田恵和さんは良一の今後の人生に、別のサプライズを用意しているようですね。

豊科の旧繁華街の一角に、「豊科劇場」とかすかに読み取れる現在は雑居ビルになっている建物があります。

ここは昭和初期に、隣村からこの地に移築した「豊科座」という大衆芸能の演劇場(後に経営者が変わって「豊科劇場」に改名)です。

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戦前は演説会場として使われたり、戦中の昭和18年には戦禍を逃れて歌舞伎劇団の前進座が東京から疎開、ここを活動の拠点とした一時期もあったそうです。座長の中村翫右衛門はこの時の恩に報いるために、戦後の21年に豊科座で盛大な御礼興業を行ったといいます。

その後も映画館としてしばらく隆盛を誇りました。製糸、紡績工場で働いていた人々の多くもここに通い楽しんだことでしょう。

そして、すぐ近くの国道147号沿いの小公園の一角に「うろたえばし」と刻まれた石碑があります。昔、この近くを水路が流れ、そこに架かっていた小さな橋がそう呼ばれていました。今は舗装道の下を流れ橋はなく、石碑がかつてあった橋のあった場所を示しています。

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豊科駅からうろたえ橋あたりまで「豊科銀座」と呼ばれる繁華街で、夜な夜な賑わったということです。

給料袋を手にした紡績工場の労働者たちが、酔いが回って千鳥足になったり、あるいは「あの店で飲んで素寒貧になった」と橋の袂でうろたえる姿が見られたことから、この名が付いたそうです。

紡績工場華やかなりし頃を偲ばせるものが、今もわずかに残っています。

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安曇野の屋根瓦-25  連載の終わりにあたって

全25回にわたって「安曇野の屋根瓦」をご紹介してきました。掲載を始めて以降も、新たに目にする瓦に出会いました。最後のこの回で、そういった瓦をご紹介します。

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土蔵を改造した豊科の居酒屋さんの屋根に鐘馗がいました。

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筑北村青柳の善光寺街道脇の民家に、風化からか右手の太刀がなくなった鍾馗がいました。

この瓦鍾馗を掲載したブログが縁で、安曇野に鍾馗瓦の探訪に訪れた「kiteさん」(愛知県在住)と「おとんさん」(大阪府在住)のお話では、安曇野の鍾馗さんは全国的にみても瓦職人が手作りした一品ものが多く、多彩な鍾馗さんを見ることができるということです。

土着の瓦職人さんが腕によりをかけ創作した瓦が、代が変わっても大事に受け継がれて大事にされているとも語っています。安曇野に住むものとして、なにか嬉しくなってきます。

お二人が安曇野で探索した鍾馗瓦の記録はこちらです。

kiteさんの「鍾馗をたずねて三千里」と、おとんさんの「鍾馗をさがそう」で、きれいな画像と専門的な考察が楽しめます。

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豊科の麺やさんの高い屋根に飾り瓦があるのですが、初めは何があるのかよく分かりませんでした。望遠レンズで覗いて恵比寿と大黒が一緒になったものと分かりました。一緒になったものは初めて見ました。

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屋号と一緒になった大黒さんが松本・新村にいました。満面笑みのふくよかな大黒さまの周りに四俵の米俵、「富」が刻まれた大きな打ち出の槌(こづち)、重なり合った六枚の千両小判、そして四個ある芽を出した球根はムカゴ(自然薯のつるの先にできる実)でしょうか。

なかなか手の込んだ作りなのですが、ここまで制作するのならネズミの一匹は欲しかったですね。大黒さまと米俵、ネズミは、切っても切れぬ縁ですので…。

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豊科・新田の裏通りで見かけた堂々と睨みをきかせる鬼面です。

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明科・小泉の通りから奥まったところの民家の屋根にも、立派な表情の鬼がいました。

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筑北村青柳に口を半開きにして、悪霊を寄せつけない風貌の鬼瓦がありました。

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明科・塩川手の祠の屋根にあった蕾状態の蓮瓦です。他の部分が傷んでいて、相当古いものと思われる手びねりの瓦です。

 

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こちらは三郷・住吉の民家で見かけた満開に花弁を広げたものと固い蕾の二輪の蓮の花です。

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明科・木戸簡易郵便局の正面入り口にどっしりと風格さえ感じられる郵便マークの瓦が飾られています。

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豊科・吉野の不動尊堂の文字瓦の上に、枝垂れ桜が咲き誇っていました。

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隣の筑北村(旧本城村)の中心部に民俗資料館があり、そこの鬼瓦に「登記」の文字が刻まれています。

この地域の登記所の跡を資料館として使用しているものでしょう。しっかり保存されています。

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その近くには、明の文字瓦もあります。明朗登記の姿勢を示したのでしょうか。

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JR篠ノ井線・西条駅近くの今は廃業されたガソリンスタンドの一角に屋号を刻んだ大きな瓦が置いてありました。○に本の文字が読み取れます。

瓦職人で、いわゆる「名工」として名を残した方というのは、寡聞にして聞いたことがありません。しかし、安曇野で数多くの瓦を見て来る中で、その職人技といったものにもっとスポットが当たってもいいのではないかと感ずるほど見事な数々の瓦に出会いました。

安曇野とその周辺を隈なく探し歩いたわけでもありませんので、まだまだ見ていない瓦があると思います。

家屋の洋風化が進んでいる生活様式の変化を振り返った時、瓦屋根はいま目にすることができても、この先10年後、20年後はどうでしょうか。

安曇野の生活文化に根ざした屋根瓦の一端を少しでも撮りためて、今後も随時ご覧いただこうかと思います。

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今咲いているガーデンの花々(1)

ハーブスクエアでは現在、ガーデンを無料公開していますが、ハーブをはじめ今が見ごろの花々をご紹介いたします。ガーデン散策時のご参考にしてください。

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ガーデン入退場口のアーチにあるキモッコウバラです。

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ロックソープワート

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キャットミント

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ポットマリーゴールド(カレンデュラ)

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フレンチタイム

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ゴシキヤナギ

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コウスイボク(改良ホウノキ)

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ゴールデンチェーン(キングサリ)

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レッドキャンピオン

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コーンフラワー(ヤグルマソウ)

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ハンカチノキ

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ゲラニウム(フウロソウ)

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オリス(ニオイイリス)

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オダマキ

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サルビアプラテンス

今後も随時、花の見ごろ情報を掲載いたします。

 

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連ドラ「おひさま」にでてきた安曇野の風景(9)~陽子が営む蕎麦店

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。


ドラマ「おひさま」は、東京郊外に暮らす原口房子が日常の生活に行き詰まっていた時、ラジオから聞こえてきた「安曇野は今、白いソバの花が一面に咲いて、それはそれは美しい景色です」との言葉に、衝動的に安曇野に車を走らせたことから始まりました。

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安曇野に入って初めに渡った橋が、等々力(とどりき)橋でした。万水川(よろずいがわ)に架かる橋で、北アルプスの秀峰・常念岳が正面に望めます。橋を渡った先の両側は、田園地帯が広がります。

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房子は、現在、安曇野に住む陽子に偶然出会いその人柄に親しみを覚え、陽子が育ち暮らしてきたこれまでの来し方を聞くという展開でドラマが進んでいます。

房子が話を聞くのは、陽子が経営する「百白花」という蕎麦店内です。百白花は、そばの小さな花にちなんで名付けられたそうです。

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「百白花」は、ソバ専門の店ではなく、喫茶(先だっての放映場面では、ハーブティーを飲んでいましたね)や野菜を売るコーナーがあり宿泊もできるという設定ですので、洋風の近代的な建物になっています。

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房子はなんどか「百白花」を訪ね、安曇野の空気を胸いっぱい吸い込んでのびやかな気持ちになります。

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「百白花」のオープンセットが、穂高の大王わさび農場の敷地内にあります。前を蓼川(たてかわ)が流れます。このセットは、等々力橋から直線距離にして500㍍ほどのところにあります。

すぐ目の前には、黒沢明監督の映画作品「夢」にでてきた三連の水車があります。     

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セットの外観はこんな具合です。実に簡素で、テレビに出てくるような雰囲気はありません。

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ですから下のような現在の陽子と房子が話し合うような場面の収録はできません。

うまくスタジオセットと結合させ、「百白花」内を再現しているわけです。まさにカメラワークの芸というべきでしょう。 

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スタジオでは、川を流して橋を架け、土を運びこみ、実際に安曇野に生えている木々や草花を植え込んだりして、セットの準備に6日もかかるそうです。

ドラマで房子役を演じる女優・斎藤由貴さんは「おかげで私たちは、本当に安曇野にいる気分で収録に臨むことができました」と語っています。   

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オープンセットの一角に撮影時に使った小道具類が残っていて、それなりの雰囲気は少しは分かるのではないでしょうか。

ところで、「百白花」のそばは、どんな味なのでしょうか。一度食べてみたいですね。


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ハーブガーデンをオープンしました

ハーブスクエアでは、隣接するガーデンの無料公開を始めました。

園内の改装で、これまでに移植したハーブや樹木の活着状態がよくなりましたので、散策を楽しんでいただけるようにしました。

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ことしは寒い日が続きハーブの生育も例年より遅く、なかなか花芽も上がらなかったのですがここに来てハーブの花も咲きだしました。

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これから7月まで、いろいろなハーブの花が次から次へと花開きます。今は、めずらしいハンカチノキも咲き誇っています。(ハンカチノキについての詳しくはこちらに掲載しています)

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ハーブスクエアでは、安曇野の自然環境の中でハーブが育ち、花開くよう手入れしています。従って、他で生育したものを入れ替えたりする庭づくりを行っていません。

どうぞ、安曇野の厳しい自然環境の中でことしも花咲かせたハーブの素顔を見て下さい。

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ガーデンは、花がきれいに咲いている時季のみオープンしています。今年は7月末日までの予定です。公開時間は午前9時30分から午後4時30分になります。

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なお、ガーデン散策に当りまして次のルールを守っていただけますようお願い申し上げます。

① 植え込みの中には入らぬようお願い申し上げます。

② 小学生以下の子どもさんの単独入場はではません。

③ ペットの連れ込みと、園内での飲食はできません。

④ 撮影撮影は自由ですが、通路が狭いため三脚のご使用はご遠慮ください。

 

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トラブル肌を解消するアトピッタリうぉーたー

生体水の研究から生まれた「アトピッタリうぉーたー」という乾燥肌、敏感肌、アトピーなどのトラブル肌に優れた効果を示す“水”をご紹介いたします。

アトピッタリうぉーたー」を実際に使用した方たちは、肌の回復ぶりに一様に驚いているようです。

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この「アトピッタリうぉーたー」を開発したメーカーによると、肌にトラブルやアレルギーを抱えている人の多くは、体内の内臓器の不調などから身体の表面を潤す水が極端に少なくなることで発症しているといいます。

つまり、体内の「水不足」が生じた場合、体の重要な器官である脳や内臓器に優先的に水が回り、肌や鼻孔、目、喉、食道など空気と触れあう粘膜部分には最後に水が回るため水不足に陥り、肌の乾燥などが生じ健康トラブルの要因になっているといいます。

こうした体内の水不足は、良質の天然水をしっかり密度をもった(高分子に加工された)水に変え、生体水に近い状態にすることにより水に含まれる微量のミネラル類の働きが増強され、肌にスプレーしたり飲むことによって体表面などの水不足を解消することができるということです。

使用した方たちからも「ガサガサで赤かった肌が、みるみるうちにきれいになって驚いています」「紫外線や空気の乾燥では本当につらい思いをしてきましたが、今は肌がしっかり潤い肌の悩みから解放されました」と語っています。肌のトラブルに悩まれている方は、ぜひ一度お試しになっては、いかがでしょうか。

保存料をはじめとした肌細胞の負担になる成分は一切配合されていませんので、肌トラブルを抱える方はもちろん、赤ちゃんからご年配の方まで安心して使用できます。

       〔 アトピッタリうぉーたー
                     100ml入り(写真左)   1,575円(税込み)
                     250ml入り(写真右)   3,150円(税込み)

* 〔 アトピッタリうぉーたー 〕は、ハーブスクエアで通常販売しているほか、通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

 

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連ドラ「おひさま」にでてきた安曇野の風景(8)~はざ掛けの米

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。


陽子たち家族が東京から安曇野に越して来て、病弱の母と幼い陽子がリヤカーに乗り新居へ向かったときは、穫り入れを迎えた秋のころ、昭和7(1932)年9月でした。

その場面に、刈り取った稲のはざ掛け仕事に勤しむ農家の人の姿を入れて季節感をだしていました。

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ずっと後になって女学校へ通うようになった陽子が、親友の“やけ食い”に付き合い体調を崩し、迎えに来た次兄の茂樹が引くリヤカーに乗って家路に戻るときの場面にも、はざ掛け米の風景がありました。    

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米どころ・安曇野では、多くの農家は5月に田植えを行います。

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北アルプスの雪解け水と太陽の光をいっぱい受けて、秋になると稲穂は頭(こうべ)を垂れ下げ…    

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稲田は黄金色に色づきます。    

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実った稲の刈り取りの主流は、コンバインによる省力作業になっています。    

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刈り取られた米はコンバインによってすぐに脱穀され、稲わらも細かく切断され田んぼの肥やしになるよう土壌に撒かれます。

あっという間の穫り入れ作業の完成です。稲籾は集荷所に運ばれ、機械乾燥されます。    

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でも、こだわりの米作りをしている米農家もあります。手塩に掛けて育てた米のうまさは、はざ掛けして決まるというわけです。

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丸棒を組み合わせた「はざ」に、刈り取った稲穂を束ね逆さにして天日干しするのを「はざ掛け」といいます。こうして何日も掛けて太陽光の力で、ゆっくりと乾燥させます。

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ゆっくり自然の力で乾燥する間に実がさらに熟するとともに、茎葉の養分が籾に移るため米の旨みが増すといいます。

確かにはざ掛け米は、ほっこり、ふっくらした艶のある米が炊き上がりますし、食べるとうま味と粘りが違うことが実感できます。   

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ドラマでは食卓を囲む場面もでてきますが、陽子たちも きっとはざ掛けしたおいしい安曇野産米を食べていたのでしょう。

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メディカルハーブ-11 バレリアン

夏に白っぽいピンク色の花が咲き、1.5㍍ほどに生長します。複葉は新鮮なエンドウ豆のにおいがします。

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ジャコウの香りのする根は、皮をむいて乾燥させます。乾燥根は優れた鎮静作用があり、精神の安定に働きかけます。「天然の鎮静剤」とも呼ばれる由縁です。

鎮静効果は、摂取開始後、数週間で最も効果が現れます。

不眠や筋肉の痙攣、胃痙攣、過敏性腸症候群のほか、神経性の高血圧の症状をやわらげたり、外用として傷口や潰瘍、湿疹の局所的な治療にも用いられます。

アルコールや催眠鎮静剤、鎮静性サプリメントなどとの併用は避けなければいけません。

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◆ 和名     セイヨウカノコソウ

◆ 学名     Valeriana 0fficinalis  

◆ 主要成分  研究者にも有効成分の同定には至っていない

◆ 作用     鎮静作用、催眠作用、鎮痙作用、血圧降下作用




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小豆ばばさ~三郷・上長尾

小雨がしとしとと降っている真っ暗な夜でした。長助は、親戚に急な用ができ夜道を歩いていました。足早に歩き、道が太田屋林へかかると、あたりはいっそう暗くなり、提灯(ちょうちん)の灯りもやっと足元が見えるだけでした。

背中にびっしょり汗をかき、やっとのことで気味悪い林を通り抜け、フーと大きい息をしました。「明日まで待ってくりゃよかったかな」と思いながらも、気を取り直して歩きだしました。

しばらく行くと「ザック、ザック」と小豆をとぐような音がどこからともなく聞こえてきます。「はて、なんの音だ。小豆でも洗っているだかや。キッネに化かされているいるのかな」と思いながら、辺りを見回しました。

     055(キツネの置物などは、確かに人をだますような表情をして描かれているのではないでしょうか)

すると、どうやら音のするのは、堰(せぎ=農業用水)にかかっている土橋の下の方からでした。長助は、キッネに化かされた時は、タバコを吸えば、キツネは煙たがって逃げていくという言い伝えを思い出しました。

「どれ、タバコでも吸って一息いれるとするか」と、わざと大きな声をだしてキセルにタバコを詰め、スッパ、スッパと吸い、フーと煙をはきだしました。長助はなんどか、煙をはきだしましたが、「ザック、ザック」というその音は消えません。

     126                     (木製の腰つき煙草入れ=豊科郷土博物館)

提灯の灯りを土橋に近づけて、見てみました。木が腐りかけ、その上に盛った土があちこちに落ち込んでいて、穴のあいた橋の下から「ザック、ザック、バラバラ、ザック、ザック」とあの小豆を洗うような音がしているのがわかりました。                                    

雨降りの暗い夜に聞こえるこの音は、どこか陰気な響きがして耳の奥に響いてくるのでした。「よおし、こんなもの、ひと息に走り抜けてやるわい。そうすりゃ、なんともねえずらに」と、大きな独り言をいったかと思うと、長助は走りだしました。

橋の上は、つま先を立ててトントンと渡っていきました。その時、提灯の灯で、橋の横からちょっと見えたものがありました。 

     144(堰に架かる土橋とは、こんなイメージでしょうか。この下側から小豆をとぐような音がしたというわけです)

ぼさぼさに伸び、ダラリと垂れ下がった白い髪、ほほがこけ落ち、青白い顔で目がギョロギョロ光っていました。鬼のような顔でした。「このがきめ。よくもわしを踏みつけたな。ただではすまんぞ。こうしてくれるわ」と、しゃがれた声がしたと思うと、ピシュー、ピシューと小石が飛んできました。

長助の背中や足にいくつかの石が当たりました。「あぶねえー」と長助は、そこを逃げ出し、どんどん走って親戚の家まで駆け込みました。たどり着いたととたん、土間にどたりと倒れこみ息をハアハアとはずませて言いました。

     3_3(長助をにらみ、小石を投げつけてきた“あずきばばさ”は、こんな怖い形相だったでしょうか=豊科・飯田の鬼瓦)

「えらい目に遭ったいね。土橋のところにおっかねえばばさがいて、石を投げつけてくるじゃねえかい。やっとのことで逃げてきたわい。背中と足が痛くていけねえでみておくれや」というと、おじが「そりゃ、えらかったな、長助はねらわれただわ。雨降りのこんな晩は、あずきばばさが出るちゅーからな」                                    

長助はこの話を周りに話したので、あっという間にあずきばばさの噂が村中に広がりました。子どもたちは日が暮れてから古い橋を渡るときは、「ザックザック」と音がしないかと怖がったりしました。

こんな村人のおびえて暮らす話が役人の耳に入りました。役人は、噂のあった古い橋の下を一つ一つのぞいて歩き、変なものがいないか、石が残っていないか、くわしく調べて歩きました。でも、どこにもあずきばばさはいませんでした。                                    

そんなことがあってから、村の人たちは「あずきばばさ」の正体は、カッパだったとか、いやキツネかタヌキが化かしたのだとか、山姥(やまんば)だ、行者(ぎょうじゃ)さまだったとか、いろいろ噂しあいました。

     112          (果たして“あずきばばさ”の正体は?=大町山岳博物館のホンドタヌキの標本剥製)

しかし、なんのためにいたずらをしたのかは分かりませんでした。ただ「ザックサザック」という音を聞いたという村人は何人もいたということです。

 

            * 『あづみ野 三郷の民話』(平林治康著)を参考にしました。                                 

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連ドラ「おひさま」に出てきた安曇野の風景 (7)~陽子が通学した学校

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。


ドラマのなかで陽子が通う学校がでてきました。一つは少女のころに通学した「有明山尋常小学校」で、開戦してから「有明山国民学校」になり子どもを国の戦力として鍛える場に変わりました。   

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今朝の番組では、陽子は教師として自転車に乗って母校に赴任しまたね。

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もう一つは後になって通った「安曇野高等女学校」です。

「あの校舎は今も残っているの?」「安曇野女学校は、今のどこの学校になるのですか」という問い合わせがありました。

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ドラマはフィクションですので創作上の学び舎で、有明山尋常小学校も安曇野高等女学校という名前の学校はありませんでした。

そして、安曇野にはドラマに出てくるような学校の建物も現存しません。

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安曇野市内には、昨年末まで上のような木造校舎の旧小学校・分教場がありましたが、取り壊されてしまいました。

この分教場は昭和7(1932)年に木造二階建ての建物として改築されていますので、物語で陽子が安曇野へ引っ越してきた年とちょうど重なります。「昭和」を偲ばせる建物がなくなり残念なことです。

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松本市内には、開智学校という明治初期に建立された建物が保存されています。

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ドラマでは、尋常小学校時代の旧友ユキと学び舎で再会する場面があり、机を並べた幼い日を思い出すシーンがありました。

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開智学校には、往時の教室も再現されていて他の教育資料とともに公開されています。教育資料の展示では、全国一ということです。

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番組に登場する有明山尋常小学校は、茨城県大子町の旧上岡小学校の跡を使ってロケが行われました。

安曇野高等女学校の特撮も、茨城県の旧土浦中学本館(現土浦一校)を使って撮られています。この建造物は明治37(1904)年に竣工され、昭和51(1976)年に国の重要文化財に指定されています。

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安曇野で当時、高等女学校といえば、大正12(1923)年に開校した豊科高等女学校(現豊科高校)しかありませんので、陽子はここに通っていたと見るのが妥当かもしれません。

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戦後も女子高としての歴史を刻んでいましたが、昭和49(1974)年男女共学に変わっています。

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ドラマの中で女学校といえども、当時は軍事教練に励む場面もでてきていましたね。女子が受けた教練としては、薙刀(なぎなた)、弓道、竹槍、担架などあったようです。

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なお、次兄の茂樹が学んだ農業学校は南安北部農学校(現穂高商業高校)か南安曇農業校(現南安曇農業高校)になるのでしょう。

いずれにしても物語は脚本家の岡田恵和さんのオリジナルストーリーですので、モデル校としてそこまで想定しているかどうかは分かりません。

* ドラマ番組で、美術スタッフが描いた学校等の位置図をイメージした「安曇野地図」があります。ご覧ください。

 

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安曇野の屋根瓦-24 輪違いの模様

屋根の一番高いところを大棟といいますが、その大棟瓦の下に半丸瓦を交互に上向き下向きに重ねて並べています。この横に長い部分を「輪違い」、あるいは「棟込瓦」と呼びます。 

     

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半丸瓦の側面を見せて、組み方を工夫しながら幾何学的な模様をかたどっています。 

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この輪違いをよく見ると、瓦葺き職人が創造を凝らしたさまざまな意匠を見ることができます。この職人技ともいえる幾何学模様の美しさを集めて見ました。     

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2段から8段くらいに組み、重ね方を変えることによりバラエティーな造形模様ができ上がります。     

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同じ2段組みであっても、半丸の大きさによって見た目の印象が大きく変わってきます。

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こちらは、6段で1組の輪違い瓦になります。

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輪違いといえば、家紋に「輪違い紋」があります。2個以上の輪が互いに交差して、半ば重なってできた文様を意匠しています。

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こちらは、さらに8段に組んでいます。

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こう見てくると名もない瓦葺き職人が、葺き替え仕事の経験を通して得た美の創造者にも思えてくるのですが…、いかがでしょうか。        

 

 


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安曇野では田植えが始まっています

安曇野は田植えのシーズンを迎えています。

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連続テレビ小説「おひさま」のロケが行われた藁葺き家のオープンセットの前の田んぼにも早苗が植えられました。

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かつては手植えでしたので、多くの人手を要しました。

田植え機に取って代った今は、昔ほどではありませんが、それでも機械ができない四隅の補植や苗床の運搬、苗箱の洗浄などをしなければなりませんので、それなりの人手が必要です。

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このため、これからも週末になるとあちこちで家族総出の田植え風景が見られます。

田植えの済んだ田んぼに北アルプスの峰々が映り 、この時期ならではの水鏡の風物詩も見られます。

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こちらは、代掻きは済んでいますが田植えはこれからのようです。水鏡に山並みとこいのぼりが映っています。

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安曇野では田植えシーズンになると、前常念岳に「常念坊」の雪形がくっきり浮かんできます。

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ことしは津波災害で海水を被り田植えができない宮城県の作付け分900トン分のうち100㌧を安曇野で受け持つことになったそうです。

穂高牧地区には、安曇野では珍しく棚田が残っています。それでも減反施策で、今年も休耕する田が目立ちます。

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休耕するとなっても田の手入れは欠かせません。トラクターで定期的に田起こし(耕起)したり、下のようにレンゲを栽培して緑肥としてすき込み米作りができる日の準備をしているところもあります。 

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田んぼ一面に咲いているレンゲの花も、早く田に水の引かれる日を待ちわびているかのようです。

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* 雪形の「 常念坊」にまつわる安曇野の民話があります。こちらをご覧ください。

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連ドラ「おひさま」にでてきた安曇野の風景(6)~松本城と旧制松本高校

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。


陽子は親友二人を連れだって、長兄・春樹が学生生活を送る松本へ遊びに行きます。春樹と学友で陽子の初恋の人である川原に案内されて松本城へ行く場面がありました。

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松本城は永正元(1504)年の築城ですので、500年を超える歴史があります。昭和27(1952)年に天守、月見櫓など五棟が国宝に指定されています。

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城全体が黒く塗られていることから、市民から「烏(からす)城」とも呼ばれ親しまれています。

ドラマの中で陽子たちは松本城の美しさと天守閣からながめた北アルプスの山並みに感動しますが、撮影は月見櫓=上の写真の右下側の赤い部分=を使っています。

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天守閣、月見櫓へはこの黒門から入場します。

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黒門は、武士たちが登城する上で、大手門、太鼓門をくぐり、最後にこの黒門から城へ登る最後の正門でした。

春樹と川原が学んだ旧制松本高等学校の本館です。大正8年に創立され、戦後の学制改革に伴って現在の信州大学に生まれ変わるまでの31年間、松本・県(あがた)で多くの人材を輩出してきました。   

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陽子たち三人は「松本高等学校」の看板が掛かる正門を通って春樹たちに会いに行きました。現在この門には「松本高等学校跡地」の看板が掛っていて、「松本高等学校」はロケ用に設営されたものです。

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本館は大正時代の代表的木造洋風建築で、国の重要文化財に指定されています。現在は一部が図書館になっているほか、当時の教室などは会議室として市民に活用されています。

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本館の中庭に回ると、手入れされた植え込みと糸桜(枝垂れ桜)が植栽されベンチも備えられ、市民の憩いの場として開放されています。

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つい最近放映された場面で、教員をめざす陽子が春樹に励まされ師範学校の受験に行くシーンがありました。その試験会場へ向かう道と校舎は、この中庭でロケが行われています。

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本館の隣りに大講堂があり、こちらも重要文化財の指定を受けています。

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ドラマでは、陽子たちが訪れたことに気づいた春樹と川原は、この講堂二階の窓から顔をだし呼びかけましたね。

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講堂の中も自由に見学ができ、大きなシャンデリアが当時のまま残っているのを見ることができます。

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キャンパス内には学生寮もあり、ドラマでは良一と川原は同室で寮生活を送っていました。しかし寮の建物は現存せず、銘板がかつてあったその場所を記しています。

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良一たち寮生は、ここで青春を謳歌したことでしょう。


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安曇野はリンゴの花がほころび始めています

安曇野は今、リンゴの花が咲き誇る季節を迎えています。

リンゴも例年と比べ、一週間ほど遅れての開花です。

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リンゴの生産農家では昨秋の穫り入れ後、冬空の中で剪定、誘引、施肥などの作業を続けてきました。

そして本格的な春を迎えて、木々にたくさんの実になる花が咲き出したのです。遅霜が降りたりすると花や蕾を傷めてしまい痛手を被りますが、これまでのところ順調な生育ぶりを見せているようです。

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赤い蕾が開くと、直径3㌢㍍ほどの白い小花が姿を現します。生産農家はこれから余分な花を摘み取る摘花の作業に追われます。

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花が散って小さな実をつけだすと、今度は摘果へと移ります。こうして蜜のたっぷりのった安曇野リンゴが秋に大きく実ります。

* 安曇野リンゴについては、こちらにも詳しく載せています。ご覧ください。



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一面、菜の花の黄色で染まっています

ハーブスクエアのガーデンが、黄色のじゅうたんを敷き詰めたように菜の花で埋まっています。

昨年9月下旬の播種から7カ月余り、寒かった安曇野の大地にしっかり根を張り、ここに来ていっせいに花開きました。

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種を播いたのは環境ボランティア市民団体「nano花隊」で、ハーブスクエアガーデンで菜の花の作付けを始めて二期目になります。

今年は例年と比べ、4月が低温で気温、地温がなかなか上がりませんでした。このため菜の花の生長も遅れ気味でした。

しかし、先月末になって初夏を思わせるような温暖な日があったため、一気に花茎を立ち上げ花芽をつけました。

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そして、ここに来て一斉に開花にこぎつけ、まばゆいばかりの黄花を放つようになりました。

連休にハーブスクエアを訪れた人たちも、鮮やかな色合いを背に記念撮影する姿が多く見られました。

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菜の花(キザキノナタネ種)は、6月には実を熟します。nano花隊はこれを刈り取って油を搾ります。搾油したのち、「nano花隊の菜の花油」として販売される予定になっています。

nano花隊の活動を知らせるブログは、こちらです。

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消臭、除菌にすぐれ、掃除にも大活躍のユーカリスプレー

消臭や除菌力は抜群で汚れ落としにも使える100%天然自然素材の「ユーカリスプレー」をご紹介いたします。「自然素材系の製品では、もの足りなくて…」とお考えの方にも十分ご満足いただける商品です。     

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匂いの気になる室内や物などにこのユーカリスプレーを適量スプレーして自然乾燥させます。驚くほど消臭できていることが確認できます。ソファ、カーテン、布団や衣類などに使っても乾燥後のものには、ユーカリオイルの匂いは残りませんしシミつくようなこともありません。髪や手肌についても安全です。

ユーカリオイルの抗菌、抗カビ、抗ウイルス、ヒョウダニ忌避作用も働き、除菌力にもすぐれています。

また、汚れを落とす力にも優れています。例えばキッチン周りや周辺の壁タイルの油汚れなどにスプレー噴霧し、5~10秒置いてから拭き取るときれいに汚れが落ちているのが分かります。汚れが落ちていない場合は、その上から再度噴霧し細繊維布などでこすり拭き取るときれいに除去できます。

赤ちゃんの身の回り用品の除菌、消臭、汚れ落としに、また汗やよだれ、食べこぼしなどにも安心して利用できます。

愛車に備えておくと、消臭のほかガラス、ミラーやハンドル、ダッシュボードなど車内の掃除などにも大活躍してくれます。もちろん、赤ちゃんが乗っていても安心して使用することができます。

        〔 ユーカリスプレー
           本体       330ml入り(写真左)    980円(税込み)
           詰め替え用   600ml入り(写真右)   1,470円(税込み)

* 〔 ユーカリスプレー  〕は、ハーブスクエアで通常販売しているほか、通信販売でも取り扱っています。  詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

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メディカルハーブ-10  ヤロウ

古代ギリシアの英雄アキレスがトロイ戦争で兵士の傷を、ヤロウで癒したといわれ、昔から止血剤として用いられてきました。

小さな花が密集して咲き、鉢花や花壇に植えて楽しめるハーブです。 

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作用機序は研究者にも詳しいことは分かっていませんが、地上部の浸出液は解熱、利尿、補血強化、健胃などの作用をもたらし、高血圧や月経不順、風邪やインフルエンザの予防に効果があるといわれています。(なお、子宮刺激作用がありますので妊娠中の使用は避けます。)

小さな創傷や、すりむき傷の治療には、冷ましたティーを清潔な布に浸し、患部に15分間、1日3回適用します。

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◆ 和名     セイヨウノコギリソウ

◆ 学名     Achillea millefolium   

◆ 主要成分  頭状花に精油成分、葉にビタミンやミネラル

◆ 作用     解熱、利尿、健胃、止血作用

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連ドラ「おひさま」に出てきた安曇野の風景 (5)~万水川と穂高川

安曇野が舞台のNHK朝のテレビ小説「おひさま」で放映された安曇野とその周辺の風景を紹介しているコーナーです。

* 掲載した写真で、左上に時刻表示の数字があるのは、テレビ画面を撮ったものです。

 

ドラマではゆったりと流れる川がでてきます。万水川と書いて「よろずいがわ」と呼びます。

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少女時代、学業に優れやさしい性格のユキと友だちになった陽子は、貧しい家庭のユキが勉学を続けられない家庭環境を知って涙を流したのが、この川べりでした。

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後年、安曇野女学校生となった陽子が自転車に乗って学校へ向かうときも万水川べりの道を通ります。

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北アルプスの雪解け水が山野を下る途中で伏流水となり、安曇野の平地に出てから湧水となります。

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万水川は、その湧水を集めて大きな川となったもので、上流域にありながらも満々と水を張ったゆったりとした流れになっています。

ですから、安曇野を流れる他の河川とは違った趣があります。

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ドラマでは、この万水川のほか穂高川もところどころで登場します。    

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陽子の母が亡くなった時の野辺送りのシーンは、穂高川沿いの農道でロケが行われました。

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女学校時代、親友の家で体調を崩した陽子が次兄・茂樹の引くリヤカーに乗せられ、自宅へ戻るときもこの道を通りました。

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どちらの収録のときも山に雲が懸って、有明山は写らなかったようです。

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穂高川下流域周辺は、昔からワサビ栽培、ニジマスの養殖が盛んです。   

 

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