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野沢の水神さま~三郷・野沢

むかし、野沢に権六、みちの夫婦が住んでいました。二人は働き者で、朝早くから夜遅くまで、少しの暇(ひま)も惜しんで、それはそれはよく働きました。その甲斐あってか、暮らしにも少し余裕が持てるようになってきました。

そんなある日、権六がみちにポツリといいました。「これまで脇目もくれず働いてきたが、どうも子どものいねえのがさびしいなあ」。次の日からみちは暇があると、近くの道祖神にお参りしては、子宝を授かるようにと祈りました。

          019      (権六、みち夫婦が子宝を授かろうと願掛けしたのは、どんな道祖神だったのでしょうか)

ある日のこと、みちはいつものように道祖神にお参りに行くと、ねんねこに包まれた男の赤ん坊が捨てられていました。泣く力もなく、ぐったりとして眠っています。誰がこんなかわいそうなことをと思い、家へ連れて帰りました。

権六も「かわいそうにな。親が見つかるまで育ててみるか」といったので、二人で大事に育てることになりました。

二人はこの子に助六という名をつけて、自分の子のようにかわいがりました。権六は前よりもいっそう仕事に精を出し、みちは助六のお守をしながら家事をしていました。やがて助六はすくすくと大きくなり、この家へ来てから三年が過ぎようとしていました。

ある雨の日、みちが夕食のしたくをしていた時、いつも側にいる助六がいないことに気づきました。外へでて遊んでいるのかなと思って、外に出て見ましたが、助六の姿は見えません。

「もしかしたら、堰(せぎ=農業用水路)に」との思いがよぎりました。道を横切り、急いで温堰(ぬるせぎ)のところへ来ました。前の日から降り続いている雨で堰は水かさを増し、濁った水がどうどうと流れていて、ところどころで渦を巻いていました。

水を汲んだり、洗いものをするために作った一段低い足場は水の下に隠れていますが、雨で濡れた土のところに小さな下駄の跡がくっきりと見えました。

              3        (堰は用水を満々と張って、周辺の田へ水を運びます)

「子どもが流されたー。助けておくれ!」とみちは大声でなんども叫び、下流の方へ走ります。その声に気づき、近所の人たちがみちの後について何人か走ってきました。

温堰と小田多井堰が分かれるところまで来たみちは、水の上に浮かんでいる助六を見つけました。「助六、助六」と叫ぶが早いか堰へ入り、よろよろと歩きだしました。

「あふねえぞー。流されちまうぞー」と後を追ってきた人の声も耳に入らず、みちは強い流れに押されながら浮かんでいる助六のもとへいこうと必死です。やがて、みちはよろよろしたかと思うと、そのまま水の中にバターンと倒れてしまいました。

          012_2(堰が流れる近くに、子を抱いた石像が立っているのを目にすることがあります。=写真とこの話は直接関係はありません)

みちと助六が水から引き揚げられた時には、二人とも冷たくなっていました。権六は二人のなきがらを前にして、ぼう然と立ち尽くしてしまいました。

権六にとって二人を失った悲しみは大きく、何日も仕事につけなかったのですが、やがて二人の供養として小さな祠を建てました。

その後、この堰に子どもが落ちて亡くなるようなことがなくなったといわれています。

 

           * 『 あづみ野 三郷の民話 』(平林治康著)を参考にしました。

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