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7年に一度、旧宿場を練り歩く「狐の嫁入り」が催されました

27日、安曇野市の隣りの筑北村青柳地区で、7年に一度の奇祭「狐の嫁入り」行列が執り行われました。

養蚕や作物の豊作・商売の神様として信奉されてきた地元の里坊稲荷神社に奉納される春祭りとして続いています。

青柳地区では、村に災難のないのはお稲荷さんのお使いである狐のおかげと言い伝えられ、昔から狐が嫌う犬を飼わない風習があるそうです。

震災被災者の悲惨な状況が伝えられるなか、自粛するべきではないかという声もあったようですが、いつまでもそれでは立ち上がれない、筑北村は応援するぞというメッセージも込めてこの日の開催にこぎつけたということです。

行列に加わる人たちと見物に集まった人たちが、大震災で亡くなった方たちに黙祷を捧げた後、晴れ渡ったものの冷たい北風が吹くなか行列が始まりました。

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行列の先頭に御幣(おんべ)を持った唄い手が立ち、祝い唄「青柳長持ち唄」を披露します。

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「お仲人」二人が、提灯を片手に後に続きます。

行列は、その昔、善光寺に参詣する人々が通った善光寺街道の宿場・青柳宿の1キロほどの道中を練り歩きます。

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唐草模様の布が掛けられ嫁入り道具が入った長持ちを「長持ち衆」が担いで続きます。「ヤレヤーァレ」の掛け声を張り上げ、大名行列の「奴さん」の歩調で歩きます。

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そして、主役の緋色の衣をまとった花嫁が竹かごに乗って登場。花嫁の横には箱下駄を履いた婿殿が寄り添います。

この行列は村の男衆が女装したりして練り歩く、男性主体の伝統行事として続いています。

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行列のしんがりは、祭りを彩る山車(だし)を多くの村人の手によって曳き回されます。山車は先月までに修理を終え、この日が新たなお披露目日ということです。

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山車の後で、村の子どもたちが太鼓と笛を奏でて、祭りを盛り上げます。

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行列の道案内人は背負子(しょいこ)に大震災義援金箱を担ぎ、「被災地と心はひとつ」と訴え見物人から募金が寄せられていました。

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行列は青柳宿本陣前でしばしの休憩をとります。

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頭に掛けていた狐面も、一休み。

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花嫁も、大事な好物の油揚げを竹かごに置いたまま、束の間の休息に…。

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長持ち唄を唄っていた先導役は、草むらで刻み煙草を煙管(きせる)に詰め、一服していました。

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さあ、一息入れた後、再び行列の出発です。

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花嫁は油揚げをくわえて、愛嬌を振りまきます。

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そして、長い登り道をゆっくり時間を掛けながら上がってきます。

行列がようやく参道近くの大切通しに近づいたその時…。

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竹かごを担いできた担ぎ手が、いきなり花嫁を放りだしました。転げ落ちた花嫁の姿を見て大きな歓声を上がり、これが嫁入り行列の打ち上げ合図となりました。

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祭りの締めは、当たり数字を書いた薄紙を飛ばして富くじを当てる「富くじ飛ばし」。参会者がお札を奪い合って楽しみました。

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狐の嫁入り行列は、面やわらじ、長持ちなど小道具のほとんどが住民の手作り。ですから雄狐、女狐の面も、一つひとつの表情が違います。

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次の「狐の嫁入り行列」は、7年後の諏訪大社御柱祭の翌年に開かれます。

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