神沢の権現池~堀金・田多井
むかし、田多井の西山、賀茂神社の上の神沢というところに、権現池という池がありました。
ある年のこと、幾日も雨の降らない日照りの日が続き、田畑もだんだん乾いてしまい、作物が 枯れ始めていました。
「こんねに天気が続いたじゃあ、いまに畑のものはみんな枯れちまうじゃねえか」「おらんちの 田んぼだって、実らねえうちに枯れちまいそうだじ」 「権現池の水が干上がらねえうちに、雨乞いでもするかい」ということで、村人たちはみんなで権現池に行って雨乞いをすることになりました。
わずかにできた大根や青菜などを持ち寄り、お供えし「どうか雨を降らしておくれや」と口々に祈願しました。
(賀茂社境内にある古くて大きな舞台。地区の春祭りでは今もこの舞台が使われ、地元民交流の大事な場所となっています)
しかし、みんなで雨乞いした後も、カラカラ天気が続き、一粒の雨も降りません。「どうすりゃいいだかや」「権現池の主は、龍だっていうがせえ、もしかしたら寝ちまってて、おらたちの願いが聞こえてねえずら」。 村の人たちは、あちこちでこんな話をしていました。
村の中に、いたずらものの仁吉という若者がいました。「村の衆がせえ、権現池の龍が寝ちまっているから雨が降らねえかって話してたから、おらが小便柄杓(ひしゃく)で池の水をかきまわして、龍を起こしてくれるわ」とおとっさまにいいました。
「おめえ、何いうだ。そんなもん入れたら、池の主が怒るで。怒らせたらどうなるか。そんなことしちゃ、なんねえ」と止めましたが、仁吉は言うことも聞かず、ある朝、暗いうちに家を出て、権現池に向かいました。
権現池に着いたころ、お日さまが顔を出し仁吉のいる山に強い光がさっと差し、権現池の水がキラキラと輝き始めました。「今日も雨が降らねえな、このお日さまじゃ。よぉーし、見てろ!」
(権現池の近くにあった祠は、現在は賀茂神社境内に祀られています)
仁吉は、辺りを見回し、畑の隅にある肥溜めのそばに立てかけてあった柄の長い小便柄杓をつかむと、池の淵に駆け寄りパシャッと池の中に突っ込みまし た。
「やいっ!池の主、寝てたら起きろ。みんな、雨が降らなんで困っちゃてるんだぞ。 聞いてる か? 起きろ!」。 仁吉は大声で怒鳴りながら、池の水をかき回しました。
その時です。今まで雲ひとつなく晴れ渡っていた空に、モクモクと黒い雲が広がり急に強い風 が吹いて、山が怒っているようなうなり声をあげました。空は真っ黒い雲におおわれ、天をさくような稲光が走り、バリバリと雷があちこちに落ちたかと思う と、たたきつけるような雨が降りだしました。
仁吉は腰が抜けてしまい、池の淵から逃げることもできません。雨はどんどん激しくなり、やがて権現池の水はあふれ出て、田や畑を流し、山は崩れて土砂になって押し流されていきました。
そして、突然池が盛り上がったかと思うと、大きな渦巻きが起こり、中からゴオーという音とともに、大きな二つの目をらんらんと光らせた龍が姿を現しました。
(仁吉が見た池の主・龍神はこんな顔だったのでしょうか=穂高・有明神社内の手水舎)
「あっ、池の主だ!」と、仁吉が思わず叫んだときです。龍は仁吉をギロッとにらみつけ、グアーと天に向かって火を吐くと、滝のような雨の中を渦巻きに乗って、空高く飛び出て行ってしまったということです。
権現池の端にあった祠は、いま賀茂神社の境内に祀られています。
* 『あづみ野 堀金の民話』(あづみ野児童文学会編)を参考にしました。
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