« 雪の上に、安曇野に生きる小動物たちの跡を追って | トップページ | 「昭和」の匂いが漂うレトロな品々が展示されています »

安曇野の屋根瓦-18  鬼瓦(その3 文字とマーク)

民家の蔵の上の鬼瓦の水文字の上に、鳩がとまっていました。

以前ご紹介した鳩の飾り瓦(「安曇野の屋根瓦-12」)でなく、生きている本物の鳩です。左の隅にもう一羽、顔を出しています。通るたびに鬼瓦の近くに鳩がいるので、巣があるのかもしれません。

     5                      (堀金・田多井)

ところで、文字瓦は「水」だけとは限りません。            

「鬼瓦(その2)」でご紹介した矢ノ沢消防分団の隣りで、珍しい文字瓦に出会いました。

     064

矢ノ沢地区は明科の山間部になります。そこの子弟たちが通った旧矢沢分教場の建て物が残っています。

明治40(1907)年に上川手小学校の分教場が建てられ、大正6(1917)年にここに新築移転し、昭和30(1955)年まで使用されていました。

ですから、この建て物は大正期の建築物になります。そこの鬼瓦に…

           3

「學」の文字が入っています。「學」は学の正字になりますが、今はほとんど使用されません。それだけに年代を感じさせます。

     132

豊科・真々部の小さな社の裏手に、今は使用されず取り外された「奉」の文字瓦がありました。新しく葺き替えた時に外されたものと思われますが、初めに社を造営した時に奉納の意味を込めて「奉」の文字を刻んだのでしょうか。

文字ではありませんが、やはり明科の中心地区に、郵便局のマークが刻まれた鬼瓦を見つけました。

          053

今は閉じた郵便局で、下がその全景です。民家を改造していますので、簡易郵便局だったのでしょう。「昭和」の匂いの残る建て物ですね。

          055

同じ〒マークの瓦は、現役で営業している明科・木戸簡易郵便局でも見ることができます。

余談ですが、郵便局が地図記号でなぜ〒マークで表されるかご存知ですか? 〒は片仮名のテに似ていますよね。郵便事業はその昔、逓信省(ていしんしょう=郵政省の前身)と呼ばれた省庁が管轄していたことから、その頭文字を取って図案化したそうです。

豊科・本村の大日如来堂にある卍マーク。卍印は地図上で表す寺院のマークですが、この場合は、紋章に当たる寺章(左万字紋)の意味合いが大きいのかもしれません。

     115

|

« 雪の上に、安曇野に生きる小動物たちの跡を追って | トップページ | 「昭和」の匂いが漂うレトロな品々が展示されています »

安曇野のいま」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1285445/36226051

この記事へのトラックバック一覧です: 安曇野の屋根瓦-18  鬼瓦(その3 文字とマーク):

« 雪の上に、安曇野に生きる小動物たちの跡を追って | トップページ | 「昭和」の匂いが漂うレトロな品々が展示されています »