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2010年8月

9月からの営業についてご案内します

8月中は、休みなしの毎日営業を行ってきました。

連日続いた猛暑の中、ご来店いただきました皆々様には、厚く御礼申し上げます。

9月からの営業は、従来からの毎水曜日定休になります。(水曜が祝日の場合は、翌木曜日になります)

営業時間は、午前9時30分~午後5時で、通販の受け付けも、同様となります。(FAX、E-mailは、終日受け付けております)

なお、9月16日(木)を、誠に勝手ながらお休みとさせていただき、15、16両日を連休とさせていただきます。

今後とも、ご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

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犀龍と泉小太郎

むかしむかし、ずうっと昔、安曇野から松本を含む一帯は、一面大きな湖でした。そのころ、泉小太郎は、鉢伏山(はちぶせやま)のふもとに住んでいました。心はやさしく、まじめなしっかり者で、それでいて力持ちでたくましく、泳ぎも得意でした。けれど、実はなかなか人に聞けない自分の出生について、深く悩んでいました。

           Cimg6902 (向こうに見えるのが鉢伏山。小太郎はこの山の麓に住んでいたということです)

でも、小太郎の近くに住み、小さなころからなにかと面倒を見てくれている「沢のばば」と呼んでいるおばあさんがいました。ある日、小太郎は意を決して「ばば、知っていたら教えておくれや。おらには、どうしてお父もおっ母も、いねえだい」と、たずねました。

一瞬とまどった沢のばばは、しばらく考えてから「知ってる限りのことを言うでな。驚くでねえぞ」と、小太郎に話しだしました。

           2(安曇野を湖から肥沃な地に変えた泉小太郎伝説に因んで、市内に小太郎の像があります。穂高神社境内にあるブロンズ像) 

「実はなあ小太郎、お前のお父はなあ、大日如来の化身(けしん)なのじゃよ。その姿は大蛇、名前は白龍王といったのじゃ。そしておっ母は犀龍(さいりゅう)といい諏訪大明神の化身で、姿は龍なのじゃ」。想像を超えた話に、小太郎は耳を疑いました。

小太郎は大きな衝撃を受けました。しばらくして小太郎が絞り出すような声で、「そんで、お父はどこに?おっ母は?」「生まれてきた小太郎が、人間の姿をしていたのに仰天して、姿を消しちまった。おっ母はなあ、どんな姿でもいいと、とても喜んでなあ。小太郎をとてもかわいがっていたが、小太郎がだんだん大きくなるにつれ、母龍は考え込むようになってなあ。自分の姿が龍であるのは、何かとさしさわりがでてくるのではないかと…。考えた末に、母親もやはり身を隠しちまったのじゃ」

「おっ母は必ずどっかにいる。姿はたとえ龍だっていい」と、小太郎の母に会いたい思いが日に日に強くなり、母親を探す決心をしました。

「ほんとに龍なら、沢筋かな?」と、大きな湖にそそぐ、いくつもの沢を足を棒にして訪ね歩きました。近寄りがたい険しい岩山を越え、谷を渡り、やぶをくぐって探す日々が続きました。でも、なかなか身を隠した母にはめぐり合えませんでした。

     Photo_3(小太郎が左手にある岩から犀龍の背に乗ったと伝えられる龍岩があります。=明科・本町の龍門渕公園内) 

ある日、大きな沢を下ってくると、いつの間にか湖の畔にでていました。そこで小太郎は思いっきり「おっかさーん、おっかさーん」と、叫びました。湖面をすうっと滑り広がっていく声には、今まで抱き続けてきた小太郎の母への思いが詰まっていました。

その時です。目の前の水面に大波が立ち大きく揺れたかと思うと、なにやら巨大な黒いものが、小太郎の目の前に現れました。小太郎は自分の目を疑いました。龍です。犀龍なのです。かっと見開かれた目、両側へ長々と伸びたひげ、研ぎ澄まされたノコギリのような歯並び、二本の鋭い角、硬いウロコに包まれた赤みを帯びた体…。

その恐ろしい様相に、小太郎は震えあがりましたが、発せられた声は、そよ風のようなやさしいものでした。「小太郎や、りっぱな若者になりましたねえ。おっかさんも会いたかったよ。でも、この姿でお前の前にはなかなか出られなかったの。許しておくれ」といい、大きな目から涙をぽろぽろと落としました。

     Photo_2(明科・北村にある宗林寺山門の階上の板天井に描かれた火伏せの龍の絵。元禄期、狩野派絵師の銘があります)

それから親子の話が進みました。これまでの小太郎の覚えている小さい頃のこと、いまどんな生活をして暮らしているのかなど、積もり積もった話になり、長い時間に及びました。そして、母龍はこれまでのおわびに小太郎の願いをかなえてやりたいといいました。

小太郎は、しばらく考えていましたが「この湖の水がなくなれば、おらを育ててくれた村の人たちの生活がずうっと楽になるのだけれど…」。村人の生活は、湖と山の間にあるわずかばかりの土地を耕すという貧しい生活だったのです。

母龍は、小太郎が村の人の望みを真剣に考えていることに感心しました。そして「これは命がけの大変な大仕事ですよ」と言うと、「おっかさんと力を合わせれば、できるかもしれねんだね。おらあ、どうしてもやりとげてえ」と小太郎も応えました。

湖の水を抜くために大きな岩をくだき、そばを流れている川に注いでやることにし、小太郎は母龍の背にまたがりました。少しでも、もろそうな岩をめがけて、突き当たりました。「それっ」。しかし、岩はビクともしません。当たる方向を変えたりして、なんどもなんども当たりましたが、岩は崩れません。母龍の顔から血が流れていました。

     015_3           (穂高・牧の烏川橋のたもとにある小太郎のレリーフ)

あくる日も、そのまた次の日も岩に突き当たりましたが岩を砕くことができません。母龍の体はぼろぼろになり、湖の水は、血で赤く染まっています。小太郎も、くたくたに疲れていました。「ウオーッ」と母龍は祈りをこめて、大空へ体を高く上げて残っている力を振り絞りました。

その直後に、たちまち黒い雲が空をおおい、辺りは暗くなり、大粒の雨が湖面にたたきつけ始めました。「ピシッ、ミシミシ、バリバリ」という大きな音がしたと思うと、岩に割れ目ができました。そして、まもなく岩が砕け始めました。

すると湖に張っていた水が、砕けた岩の上を通って低い方へ流れ出て、川の方へと向かい始めました。「やったあ!」「やりとげたわね。小太郎、よかったね」と、親子は喜びあいました。

     Photo     (犀龍を祀っている明科・宮本の犀宮神社の屋根上にある鯱の飾り瓦)

こうして、長い間、湖の底だった安曇平は犀龍と小太郎の力で豊かな広い土地として、この世に顔をだし耕かされ、多くの農作物を生み出す大地へと生まれ変わったのです。湖から流れて川に注いだ水は、やがて日本海へと運ばれて行きました。そして、湖から流れた水を運んだ川を犀川(さいがわ)と呼ぶようになりました。

 

*『あづみ野 明科の民話』(あづみ野児童文学会編)、『語りつぐ民話』(信濃毎日新聞社編)を参考にしました。

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安曇野を造ったデーラーボッチャ

むかし、むかし、ずーっとむかしのこと、デーラボッチャという、顔は雲に隠れて見えないくらいの大男がいました。あちこちと歩いては、でこぼこした所を平らに直したり、山を削って谷を埋め広い原っぱを造ったり、山の姿に手を入れ見栄え良くするような仕事が好きでした。

                           016_2(室山山頂にあるデーラーボッチャの像。頭上が展望台になっていて、周囲が一望できます)

今日やって来たのは、大きな湖のあるところです。あちこちに浮かんでいる雲を手で払いのけながら考えました。「これはでっかい水たまりだ。でも、水が溜まっているだけじゃおもしろくねえなあ。……… そうだ。この水に映る美しい眺めの山を造ってやろう」と、思い立ちました。

何日も、何日もかけて、造っては崩し、崩しては造りましたが、なかなかうまくできません。でも楽しみながら、時には考え込みながら仕事を続けました。そして、鋭くとがった山が並んだ前には、丸い山や平らな山が並び、谷や川も造り湖へ流れ込むようにしました。こうして、やっと西側ができ上がりました。

こんどは東側に取りかかりました。「こっちは、あんまり高くしないで少し平らな方が、つりあいが取れそうだ」といいながら、形を造って行きました。そして、南と北側も造り上げ、じっと上から全体を眺めて見ました。「うーん、どうもここだけが高いのはおもしろくねえなあ」と、また高い山の続きを造り始めました。こうして、高い山がいくつも連なるように仕上げました。

     Photo(デーラーボッチャが造った?といわれる北アルプスの峰々と安曇野。安曇野はこのころ、まだ湖の底でした)

最後の仕上げが終わった時、股(また)のあたりがむずがゆく感じました。手で触ってみると、もっこふんどしに土が入っています。一生懸命、山造りをしていたので土が入ったのに気がつかなかったのです。 

苦笑いしながら、もっこふんどしの紐(ひも)をほどくと、そこに入っていた土がバラバラと地面に落ちました。その土が盛り上がって、小さな山になりました。(この山が後の室山です)。

背中にも土が入っていたので、手でバタバタとたたくと、やはり土が落ちて丸く盛り上がりました。(今の「背負の山」の出来上がりです)。

          Photo_3   (デーラーボッチャのもっこふんどしに入った土が落ちてできたとされる室山)

この時、デーラーボッチャの腰にさしていた火打石が落ちて、ドボーンと川のなかに隠れてしまいました。「やっ、しまった。火打石を落としてしまったぞ」と気がつき、川のなかに手を入れて探しましたが見つかりません。

なんどもなんども手を入れたのですが、見つけだすことができません。「惜しいことをしたが、またいい石を見つけるか」と、あきらめ、履物に付いていた土を払い落しました。(落とした火打石は松本市梓川倭=あずさがわやまと=の川の中に火打岩として残り、履物から払いのけた土は松本市中山になったそうです)

                  006_4(後の世に、安曇野の湖の水を流して肥沃な平地にしたという伝説の主人公・泉小太郎がデーラーボッチャの掌に座っています)

デーラーボッチャは、自分が苦労して造った安曇野の風景にすっかり満足し、ノッシノッシと別の地に山造りに歩いて行ったそうです。

それから、ずっと後になって、犀龍(さいりゅう)にのった泉小太郎が湖のあった山清路のあたりを突き破り、水をすっかり流したので、湖はなくなり変わって大きな肥沃な大地に生まれ変わり、土地の人は安曇平と呼ぶようになりました。

 

                                    * 『 あづみ野 三郷の民話 』(平林治康著)を参考にしました。

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プロローグ~安曇野の民話を連載します

安曇野の地に居を構えてから、久しく年月が経ちました。年々歳々、郷土への愛着も深まってきました。                                           
遠くへ出かけた帰路、安曇野の山並みが見えてきたとき、「ああ、故郷へ戻ってきた」という感が強くなりました。                                           
そんな思いが湧いてきたころ、ふと気がついたのが「ここは、なんと昔ばなしの多いところか」ということでした。専門ではないので詳しくは分かりませんが、信濃の国(長野県)がそうなのではないか、中でも安曇野はその有数に数えられるのではないかと思えてきたのです。         

           2_3(北アルプスの峰々と、その麓に広がる安曇野には、たくさんの語り継がれてきた昔ものがたりがあります)

昔話については、民話、伝説、昔語りなどいろいろ同じような意味合いでの呼び方があります。そして、「むかしむかし」ではじまる枕詞にも、その「むかし」には、天地創造に関する古代にさかのぼるものから始まり、遺跡、遺構が残る近代のものまでいろいろな年代があり、またあえて年代をぼかす場合もあるようです。

しかし、昔話は、年代は別にしても、親から子へ、子から孫へと何代にもわたり語り継がれてきた幾星霜の歴史があります。                                          

昔話の中身も、人の生き様に教訓を諭すようなものから、郷土の地名となったいわれを言い伝えるもの、あるいは信仰の対象となった地域の氏神さまに関するものなどさまざまです。

安曇野の野山や町中を歩くと、道の傍らのふとしたところに祠(ほこら)や石像、石碑などがあったりします。その一つひとつに当時を生きた人びとの物語があり、そこに地域の人たちの生活の絆といったものが見えてきます。

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時代の移り変わりの中で、地域に残る昔話も語り継がれる機会がほとんどなくなっているようにも見えます。お宮といえば、お祭りのときだけのものになり、なぜ集落の氏神さまとして崇められたのかも忘れ去られてきているようです。

昔話を読むとき、人びとは大自然の厳しさの中で水や土と闘いながらも、そのしっぺ返しを受けた時は、今のように科学が発達していない中では、ひたすら祈り、神のご加護に頼ろうとしました。そこには先人たちの苦難の生活の匂いが感じられます。

科学的根拠がないといえば 、それまでのことですが、昔話の氏神信仰にまつわる話しを聞くと、土臭いほのぼのとしたあたたかさが感じられます。

そういう意味では、その地に伝承されてきた昔話は現代社会に生きるわたしたちに、解毒効果を与えてくれているのかも知れません。                                           

安曇野に言い伝えられてきた昔話を、「安曇野むかしばなし」として連載し、ご紹介したいと思います。

昔話の舞台となった地や祠、社、石像、あるいは生活道具などを、できるだけ収録し、写真で掲載していきたいと思います。

 

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天然の化粧水~フローラルウォーター(芳香蒸留水)

ハーブから生まれた、肌に心地よいフローラルウォーター(芳香蒸留水)についてご紹介します。

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ローズやカモミールなどの天然のハーブから、水蒸気蒸留法によって精油(エッセンシャルオイル)を抽出しますが、その過程でハーブに含まれている水分が副産物として取りだされます。

この水分がフローラルウォーターで、僅かですが精油成分が含まれます。したがって精油成分の特性から肌に好影響を与えるとともに、それぞれのハーブの天然の芳香も楽しめるという純粋な全身用の肌水です。

リフレッシュしたい時や乾燥した時など、あるいはお風呂やシャワーを浴びた後などに顔はもちろん、全身にパシャパシャつけると芳香とともに清涼感いっぱいで、肌も気持ちもさわやかになれることうけ合いです。

フローラルウォーターは、ローズウォーター、カモマイル(カモミール)ウォーター、ネロリ(オレンジフラワー)ウォーター、ラベンダーウォーターの4種で、いずれも100ml入りです。

それぞれの特徴として、ローズウォーターは、最高級のバラとされるブルガリア産ダマスクローズの優雅な香りで、肌にうるおいを与えなめらかにします。すべての肌に適しています。カモマイルウォーターは、青リンゴのような優しい香りで、敏感肌、デリケート肌の方にお薦めです。

ネロリウォーターは、オレンジの甘く洗練された香りで、乾燥肌や肌荒れが気になる方が使用するとと肌のうるおいが実感できます。そして、ラベンダーウォーターは、フローラルなさえた香りで、あらゆる肌質になじみ肌を鎮めますので、ニキビや吹き出ものなどのできやすい方にお薦めです。

 

フローラルウォーター(芳香蒸留水)

ローズウォーター、カモマイルウォーター、ネロリウォーター、ラベンダーウォーター                  各100ml入り     1,365円(税込み)

* 「フローラルウォーター」は、通信販売でも取り扱っています。詳しくは、TEL0263(83)7782へお問い合わせください。

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日本の原風景・安曇野を描いた油彩画展

「私の安曇野、私の日本原風景-山下大五郎展」が、池田町の北アルプス展望美術館で開かれています。

山下画伯(1990年没)の生誕100年・没後20年を記念して開催しているもので、油彩画122点、水彩画ほか230点余の作品、資料が展示されています。

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山下画伯は、日本の田園風景と日本の原風景を求め各地を彷徨、そして、70歳を過ぎてから安曇野の人と自然の織りなす四季折々の美しさに魅了され、亡くなるまでの約10年間、池田町や安曇野に通い続け、北アルプスを臨む広大な田園の景観を描いた作品群を残しました。

「安曇野豊穣」「有明への道」「安曇野田植え」などの油彩は、安曇野の澄明で豊かな空間を描ききり、清冽な詩韻をみごとに表現した作品として高い評価を得ています。

10月24日(日)まで開催、毎月曜日が休館/午前9時~午後5時まで(入館は4時半まで)/大人800円、高・大学生500円/問い合わせ先 : 池田町会染の北アルプス展望美術館 0261(62)6600

北アルプス展望美術館についての詳しくはこちらです。 → http://azumino-artline.net/ikeda/2009/04/post_61.php

 

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今のハーブたちの表情

今年の異常ともいえる酷暑のなかでも元気に花をつけていたハーブガーデンの草花たちも、ここに来て夏の眠りについています。

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「いま咲いているガーデンのハーブと草花たち」と題してご案内してきましたが、ハーブの多くはすでに花の時季を終え、これから涼しくなってくると実を結実させたり種になってきます。

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樹木いっぱいにクリーム色の花を咲かせたエルダーツリーも、早くに開花したものは、実が熟し始めています。

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ダイヤーズカモミールも、頭状部が黒くなって種子化しています。

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七月のガーデンを彩ってくれたルドベキア、エキナセアは、まもなく花びらを落とし種をつける準備に入っています。

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長い花穂にたくさんの花を咲かせていたウッドセージも、すでに種が熟し始めていて黒く小さな小粒の種にまもなくなってきます。

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夏から秋へ、季節の移ろいの中で変化していくハーブや草花たちの表情をこれから少しずつお伝えします。


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安曇野を縦走した機関車 C56

安曇野で見られるもう一つの蒸気機関車をご紹介します。「シゴロク」あるいは、「ポニー」の愛称で親しまれているC56形車です。

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安曇野市明科の龍門淵公園内に静態保存されています。この「C56124」は、昭和13年に神戸市の三菱重工業神戸造船所で製造されました。

その後、広島県や石川県内を走り、昭和49年に長野県木曽福島機関区に移り最後の1年間は木曽谷を走りました。

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C56形の動輪は3連、D51は4連ですが、動輪径はどちらも1,400㍉㍍、機関車重量がD51は約126㌧に対しC56が半分の約66㌧といったことからも分かるようにC56は軽量小型、しかも長距離の走行にも耐えられる車両として昭和10年に開発されました。

しかし、この設計が軍部の目にとまり、開戦直前までに製造された160車両のうち90両が供出され、タイやビルマへと送られ兵士や軍需物資を運んだという歴史をもちます。

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戦後、C56形は北陸、甲信越、中国、九州地方に回され、長い期間、大糸線すなわち安曇野の大地を南北に疾駆していました。

長野県下では、小海線、飯山線などでも走っていました。現在、全国20ヵ所でC56機関車が静態保存されていますが、うち20ヵ所が長野県内です。こうした長野県の歴史に由来するのかもしれません。

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C56は「ポニー」の愛称でも親しまれていますが、昭和48年に小海線を2カ月間臨時運転したときに、高原を走る姿が小型の馬・ポニーを連想させたことから名づけられたということです。

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安曇野の記念年~大逆事件100年

いまから100年前の1910(明治43)年、大逆事件という日本の近現代史に残る大きなできごとがありました。その事件の発端は、安曇野市明科を舞台に起きています。

明科歴史民俗資料館の一室に、事件に関する数々の史料を展示する「大逆事件コーナー」(写真)が常設されています。今年になって、歴史研究家や事件関係者の子孫をはじめ、多くの来館者が全国から訪れているということです。

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大逆事件とは、明治天皇の暗殺を企てたとして幸徳秋水ら社会主義者12人が処刑された大弾圧事件で、当時の大日本帝国憲法下の刑法に、皇室に対して危害を加えたり、加えようとした者は死刑=大逆罪が初めて適用された事件です。

なぜ、この大逆事件と明科が関係するのでしよう。それは、当時の官営明科製材所に勤めだした宮下太吉という33歳の甲府市からやってきた過激な思想をもつ男が、明治天皇の暗殺を企て爆裂弾を製造し、製材所が休みの日の夜、近くの会田川の河原で、岩肌目がけて投げつけて爆発実験したことが発覚し、大事件へとつながったのです。

     101_2 (宮下が爆裂弾の実験をしたとされる明科・夏名沢の岩壁。しかし、当時は現場検証もされず、実験場所の特定もできていないということです)

これがきっかけとなり、宮下ほか幸徳秋水ら全国の社会主義者、無政府主義者らが次々と摘発され、「大逆事件」へと発展しました。幸徳は6月に検挙され、翌年の1月には死刑判決を受けるという超スピード判決がくだされました。

審理に十分な時間がかけられておらず、厳しい報道管制が敷かれ事件の詳しい内容はもとより、事件についても「某重大事件」としか報道されず、国民の前には明らかにされかったことが、臼井吉見著の『安曇野』にもでてきます。

事件の多くの部分が、歴史の闇に隠されてから100年。多くの来館者がいるということは、いままた、事件の再発掘に関心を寄せている人たちがいるということでしょうか。

  * 明科歴史民俗資料館は、安曇野市明科中川手2914-1  TEL 0263・62・4605

 

 



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夏バテ解消のハーブティー

今年の暑さに、夏バテしていませんか?例年、高温多湿の日本の夏は、食欲不振や睡眠不足を招きがちで、身体のリズムを狂わせます。
今夏は連日、「猛暑日」「熱帯夜」が続き、のどが渇いて水分を摂りすぎたりして胃液を薄め、さらに食欲減退、疲労感が増長するといった傾向が強くみられます。こうした時にお薦めしたいのが、ブレンドハーブティー「健康-17 つかれ」です。

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このハーブティーには、クエン酸、ハイビスカス酸などの糖分の代謝を活発にする成分や体力が低下した時の強壮に効果のある成分をたっぷり含みます。また、エネルギーの代謝を高めるとともに、乳酸などの疲労物質を取り除く働きを持つものも含有します。

体温の上昇やたくさんの汗をかくことにより、ビタミンCや鉄分、カリウムなどの必須微量栄養素が失われたりします。こうした一日に必要な各種のビタミンやミネラルを補充するブレンドにもなっています。

夏バテで、全身にけだるさを感じたり、食欲があまりないと言った時、一日に2~3回お試しください。体に元気がよみがえってくることが、実感できると思います。

ブレンドハーブティー 「健康-17 つかれ  」  90g入り  1,785円(税込)

* 「健康-17 つかれ 」は、通信販売でも取り扱っています。 詳しくはTEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

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安曇野の水-最終回 菓子舗「開運堂」の水

安曇野市を南北に貫く大型農道の五差路交差点「烏川」を南へ走ると、左手に老舗の菓子舗「開運堂あづみの菓遊庭」があります。ここの入り口に人気の名水があります。

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近郊からペットボトルなどの容器をもって水を汲みに来る人が大勢いますが、週末ともなると列を作るほどの人気ぶりです。

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開運堂は、城下町・松本市に本店を持つ明治期からの菓子舗ですが、このあづみの店の裏手に大きな製造工場があります。

水汲み口の傍に案内板があり、「この水を使って菓子を作っています」と表示しています。

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この水は地下200㍍掘り下げて水脈にあたって汲みあげている井戸水だそうです。

つまり北アルプスの雪解け水が、扇状地の途中で伏流し地下水脈を形成しているのですが、ここでは200㍍の地下深くを流れているということです。

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店名に「庭」の文字が入るように水汲み口周辺は、手入れのされた庭園になっています。さまざまな樹木や草花が植えこまれ、四季折々に花をつけたり葉の色の移り変わりが楽しめます。

* 北アルプスの大自然の恵みである「 安曇野の水」を9回にわたって紹介してきましたが、この回で終わります。

安曇野を訪れた際には、ぜひ安曇野の水を口に含んでみてください。水のおいしさが実感できると思います。

*  安曇野湧水群の澄んだ水をもっと知ってもらおうと、豊科南穂高の「安曇野わさび田湧水群・いこいの池」(4月20日掲載)を、水中ライトアップを行っています。

9月15日(水)の期間、午後6時~10時まで、水中に北アルプスの山並みに向かってはばたく白鳥の様子を白と青の2色の光で描いています。こちらの詳しい問い合わせは、安曇野市観光協会(TEL 0263・82・3133)へ。

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みごとなハスの花が見られます

安曇野市穂高有明の青原寺境内のハスが見ごろを迎えています。広い池を埋め尽くすほどに広がり、草高は水面よりかなり高く、2㍍近くあり圧巻です。

ハスは夏の季語だそうですが、炎天の下、元気に花開いている姿を、いましばらく楽しめそうです。

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「ハス」の語源は、下の写真のように花が終わったあとの花托が、蜂の巣のように見えることから、古くは「ハチス」と呼んでいたそうですが、転訛して「ハス」になった、というのが通説です。

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ハスの花は朝早く開き、午後3時ころには閉じてしまいます。早朝、ポンと音を立てて花開くといわれますが、本当でしょうか?

花は3日の寿命といわれ、4日目には花が散ってしまいます。

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でも、この池のハスは、まだまだ蕾のものもたくさんあり、今しばらく楽しめそうです。

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蓮池の一角に、いまはなかなか目にすることができなくなったガマの穂を見ることができます。
穂の下半分は、赤褐色で太くなっていて、雌花の集まりです。上半分は細くなっていて、こちらは雄花の集合体です。ですから、穂というよりも、一風変わった形状の花と言った方がいいのかもしれません。

ガマも、夏に池や沼地などの水辺に咲く植物です。

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青原寺は、山麓線をハーブスクエアから3㌔㍍ほど北へ行った左手(西側)にあります。




 

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白いコメの花が開花しています

連日の猛暑の中、安曇野の水田はイネの花が見られる出穂期を迎えています。

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4月末から5月中に田植えされたイネが順調に生育し、膨らみ始めた稲穂に無数の白い小花が咲いています。いま咲いているのは、食用のコシヒカリで、いわば白い「コメの花」です。

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早生種の酒米、もち米などは、すでに成熟しはじめ稲穂を少しずつ下に垂れ下げてきています。

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これから水管理の大切な時期を迎えますので、コメの生産農家では1日に何度か田の水加減を見て回ります。

特に今年は、高温乾燥の日が続いているため、気の抜けないところです。積乱雲が発生しても、なかなか降雨にならず畑の作物も水管理に余念がありません。

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ゴキブリ、ダニを寄せつけない忌避剤

梅雨が明け、夏になると悩まされるのがゴキブリとダニ。どちらもこの時期、成虫になり活発に動き回ります。そこでこれらの家庭内害虫を、家の中に寄せつけない忌避剤をご紹介します。

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商品名は、ゴキブリ用が『ゴキのテキ』(写真左)、ダニ用が『ダニコナイ』(写真右)で、わかりやすいネーミングになっています。どちらも、身体の安全性に問題のある殺虫性の化学成分は使っていません。

ゴキブリやダニが嫌がる植物(ヒノキ、ヒバ、ユーカリなど)から抽出したフィトンαなどの精油を使用し、家庭内への新たな侵入を防ぎます。ゴキブリならば、外から入ってくる玄関や窓、棲みつきそうな冷蔵庫の裏や下、ガス台の裏などに、ダニならソファーの脇やカーペット、タタミの上、ベッドの脇や下などに置くだけで、揮発性の天然成分が働きゴキブリやダニが退散するという仕組みです。

どちらも、一個の有効期間(交換目安)は、3カ月前後になります。ゴキブリは目で確認できますが、ダニは微小で目視することが難しい害虫です。機密性が高くなった家屋の条件から、ダニの場合、季節を問わず一年中活動するようになっています。そのため、アレルゲンとなって人の健康にも悪影響を及ぼすようになっています。

快適で、健康的な生活を送る上からも、忌避剤でゴキブリやダニの棲みにくい環境を作ってみてはいかがでしょうか。

〔家庭内害虫の忌避剤〕   ゴキのテキ  2個入り      840円(税込み)

                   ダニコナイ  3個入り     1,050円(税込み)

* 「家庭内害虫の忌避剤」は、通信販売でも取り扱っています。詳しくは、TEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

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広島で被爆した蒸気機関車D51

現役を引退しても、今なお根強い人気を誇る蒸気機関車。安曇野市内でも2カ所に静態保存されています。D51(デゴイチ)とC56(シゴロク)の2車種ですが、このうちD51は広島で被爆体験した車両です。

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このD51が保存展示されているのは、穂高有明の「サンクラブ穂高」(スイミングスクール)の敷地内です。

周りは田んぼで、人家も離れていて撮影の障害になるようなものもほとんどありません。日本の山野を走っていたころを彷彿とさせる姿で展示されています。

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そしてうれしいのは、運転席へ上っていける鉄製の階段がついていて、いつでも自由に運転席へいけることです。運転席にも座れますし、石炭を燃やした釜も見ることができます。

     D51  

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このD51483号は、昭和15年に北九州市の国鉄小倉工場で製造され、熊本から広島の機関区へ配属され、昭和20年8月の原爆投下時は、広島にいたため“死の灰”を浴びています。

戦後は北海道へ渡り、主に貨物輸送に使われ昭和51年まで活躍したということです。

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その間の走行距離は、約256万㌔㍍で地球を63.8周したことになるとか。戦前、戦中、そして戦後にわたり、日本各地でさまざまな歴史をみてきた蒸気機関車が、いま安曇野に鎮座しています。

このD51が安曇野に来たのが昭和52年、以来「あづみのD51保存会」の人たちの手によって大切に保存されています。

       * もう一つの保存車両C56は、近くご紹介いたします。

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いま咲いているガーデンのハーブと草花-16

どの部位にも芳香があるチェストツリーです。灌木状の落葉樹で、細い長円形の葉は、輪生します。

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花は円錐花序で、晩秋に種子になります。この乾燥果実は、、プロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌を促すことで知られています。

ですからメディカルハーブとしては、月経の周期を規則正しくしたり、月経前症候群などに使います。

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南側の駐車場から店に来る通路わきに植え込んでいるブッドレアも、ほぼ満開状態になっています。

花に芳香と豊富な蜜があり、チョウも飛んできますので、別名バタフライブッシュとも呼びます。芳香と大きな花姿が目を引き、来訪する方からよくたずねられます。

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花序は、遠目には一つの大きな花房のように見えますが、ご覧のようにたくさんの小花が集合しています。

生育が早いので、冬から春先にかけて思い切った剪定をしてやります。そして古い幹や枝は、つけ根から切り落とします。新梢に花芽をつけますので、花つきが悪くなるようなことはありません。

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ムクゲも開花しています。この時期になると、多くの花木が夏眠に入りガーデンもさびしくなることから、この木を植えています。

ムクゲが、樹木いっぱいに花開いていることにより、夏のガーデンが活気を取り戻している印象がでます。

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安曇野の水-8 須砂渡のおたねの水

途中まで、須佐渡の延命水へ行く道と同じコースをたどります。ウェストン像を通り過ぎしばらく行くと、右手に須佐渡キャンプ場が見えます。キャンプ場の前に左に折れる林道があり、入り口に「おたねの水・御種神社」の表示板があります。その道を行きます。

道に沿って、烏川へ注ぐ支流が流れています。

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山陰になってうす暗い場所もありますが、野の草花が迎えてくれます。

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1.5㌔㍍ほど行くと道の左手に表示板があります。

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道しるべが示す方向に目を向けると、2本の丸太を組んだ架け橋がありますので、これを渡ります。

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ここから“けもの道”のような山道が続きます。
道の途中に「熊出没 注意」の張り紙があります。そして幾つもの沢が流れていたり、湿地も歩きます。
ですから熊よけの鈴やトレッキングの軽装が必携です。

急峻な道が続き…

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道すがら苔むした倒木があったり…

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足場のよくない沢地があったりします。
20分ほどこの様な形で山に踏み入ります。

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荒くなった息を整えながら先を見ると、小さな鳥居があります。御種神社です。

昔、飛騨(岐阜県)に住むおたね、おすげの姉妹が信濃にいる父親を慕い幾日もかけてアルプスを越え、ようやく安曇野にたどりついたものの飢えと疲れで力尽き、父に逢えぬまま命を落としたという言い伝えがあります。
姉のおたねが絶命したのがこの地であったことから、悲しんだ村人たちが「おたね様」として祀り社(やしろ)を造ったのだそうです。

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鳥居をくぐると石でできた小さな祠(ほこら)があり、その下から清水が湧き出ています。乾いた喉を潤すには、絶好の冷たさです。

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近くに案内板があり、この「おたねの水」について次のように記されています。

この「水を味噌かきに使うと味噌は違うことがないし、違った味噌もこの水を入れてかき直すとうまくなる」「この水で目を洗うと眼病が治ると言われた。また、祠の物を盗んだら目がつぶれたとも言われている。」

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そして、この沢の水はどんなに日照りが続いても涸れることは決してなく、この水を求めて近郷近在はいうに及ばず、遠くは越後(新潟県)からも汲みに来たということです。

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暑い夏に、ハーブティー「さわやか」を

いよいよ夏本番。暑い夏をしのぐうえで大切なのが、適切な水分の補給ですね。熱中症などの症状を引き起こさないためにも、欠かせません。

そこで、お薦めしたいハーブティーをご案内いたします。

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ハーブスクエアのオリジナルハーブティーで、「 さわやか 」という商品があります。レモングラス、レモンバーベナ、ペパーミント、レモンバーム、ジャスミン、コーンフラワーの6種のハーブをブレンドしています。

レモンの香りがするハーブ3種と、清涼感がただようペパーミント、そしてジャスミンの配合によって、レモン、ミント系の香りにまろやか感をもたせています。さらにコーンフラワーの青色が、視覚的にもさわやか感を強く感じさせてくれます。

これをアイスハーブティーとしてお飲みになると、味、香り、見た目の上からも、夏の盛りの冷たいお飲み物として、楽しんでいただけること、請け合いです。

こうした季節感にあった、おいしいハーブティーをお飲みになる方たちが増えているのでしょうか。例年、暑くなると、「さわやか」が群を抜いて動きます。ぜひ一度、お試しになってみてはいかがでしょうか。

ブレンドハーブティー 「さわやか 」  30g入り  504円(税込)

* 「さわやか」は、通信販売でも取り扱っています。 詳しくはTEL 0263(83)7782へお問い合わせください。

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