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安曇野の記念年~大逆事件100年

いまから100年前の1910(明治43)年、大逆事件という日本の近現代史に残る大きなできごとがありました。その事件の発端は、安曇野市明科を舞台に起きています。

明科歴史民俗資料館の一室に、事件に関する数々の史料を展示する「大逆事件コーナー」(写真)が常設されています。今年になって、歴史研究家や事件関係者の子孫をはじめ、多くの来館者が全国から訪れているということです。

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大逆事件とは、明治天皇の暗殺を企てたとして幸徳秋水ら社会主義者12人が処刑された大弾圧事件で、当時の大日本帝国憲法下の刑法に、皇室に対して危害を加えたり、加えようとした者は死刑=大逆罪が初めて適用された事件です。

なぜ、この大逆事件と明科が関係するのでしよう。それは、当時の官営明科製材所に勤めだした宮下太吉という33歳の甲府市からやってきた過激な思想をもつ男が、明治天皇の暗殺を企て爆裂弾を製造し、製材所が休みの日の夜、近くの会田川の河原で、岩肌目がけて投げつけて爆発実験したことが発覚し、大事件へとつながったのです。

     101_2 (宮下が爆裂弾の実験をしたとされる明科・夏名沢の岩壁。しかし、当時は現場検証もされず、実験場所の特定もできていないということです)

これがきっかけとなり、宮下ほか幸徳秋水ら全国の社会主義者、無政府主義者らが次々と摘発され、「大逆事件」へと発展しました。幸徳は6月に検挙され、翌年の1月には死刑判決を受けるという超スピード判決がくだされました。

審理に十分な時間がかけられておらず、厳しい報道管制が敷かれ事件の詳しい内容はもとより、事件についても「某重大事件」としか報道されず、国民の前には明らかにされかったことが、臼井吉見著の『安曇野』にもでてきます。

事件の多くの部分が、歴史の闇に隠されてから100年。多くの来館者がいるということは、いままた、事件の再発掘に関心を寄せている人たちがいるということでしょうか。

  * 明科歴史民俗資料館は、安曇野市明科中川手2914-1  TEL 0263・62・4605

 

 



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